第80章 魔王と虎
灰青色のぼんやりとした朝の光が、障子越しに寝所へと差し込んでいる。
チチチッと、小さな鳥が鳴く声が、どこか遠くから聞こえてきていた。
「んっ……んんん……」
固く閉じた目蓋の上に朝日の眩しさを感じた私は、身体に残る気怠さに抗いながら、ゆっくりと覚醒する。
目蓋を開くと、すぐ近くに愛しい人の整った寝顔があった。
すぅすぅと微かな寝息を立てて眠る信長様の寝顔は、幼い子供のように無防備で可愛らしい。
(っ…可愛いな、信長様の寝顔。起きてる時はあんなに意地悪なのに………)
昨夜の閨での、意地悪な言葉と行為が思い出され、かぁっと身体が熱を帯びる。
(っ…ダメダメっ…朝から変な気分になっちゃうよっ…)
身体の火照りに気付かれぬようにするため、信長様から距離を取ろうと身動いだ瞬間…………ぐいっと抱き寄せられていた。
「っ…信長様っ!」
「勝手に離れるな。貴様の居場所はここと決まっておる」
そう言って、私を腕の中へと閉じ込める。
互いの胸がピタリと密着する距離で抱き合うと、信長様の心の臓のトクトクという規則的な動きを感じ、それが私を非常に安心させる。
信長様の生命(いのち)の証
「信長様……」
「ん?」
「お誕生日、おめでとうございます。今年もこうして、貴方の生まれた日の朝を一緒に迎えられて…私、幸せです」
信長様の左胸の上に、そっと手を置いて…その温もりを、生命の鼓動を肌身で感じる。
この戦乱の世、いつ何が起きるかなど誰にも分からない。
穏やかな日々が、一瞬にして、血濡れた戦いの日々に戻ることも、あり得ないことではないのだ。
信長様が、誕生日の朝の穏やかな目覚めを迎えられたことが、今はただ嬉しかった。
「ああ…だが、誕生日の朝といえど俺にとって特別なことはない。目が覚めて手が届くところに貴様がいる…そんな当たり前の朝を迎えられる、それだけでよい」
「っ…信長様っ……」
信長様の、飾り気のない言葉が心に強く響く。
愛しくて堪らず…目の前の唇にチュッと口づける。
「っ……貴様から口づけるなど、珍しいな」
「誕生日だから……お祝いです」
「ふっ…祝いか。ならば、もっと寄越せ…俺が満たされるまで、もっとだ……」
「っ…あっ……」
低く甘い声で囁かれ、そのまま再び褥へと沈められた私は、深く優しい口づけの海に溺れていった。