第80章 魔王と虎
城に戻ってからも信長様のイライラは、なかなか収まらないようだった。
天主に光秀さんを呼び、信玄様の動向を探るように命じてからも、どことなく落ち着かない様子だった。
(明日はお誕生日だっていうのに…とんでもないことになっちゃったな)
信長様と信玄様の関係
今は同盟関係とはいえ、過去の経緯からもっと険悪な関係なのかと思っていたが……今日の信玄様の物言いからは、そう悪い関係でもないように私には思えた。
(でも、信長様は、随分と信玄様に対して苛立っておられたようだけど…)
「信長様……」
湯浴みを終えて天主へ行くと、信長様は欄干に凭れて夜空を見上げておられた。
満月が近い今宵は、月明かりが煌々と輝いていて、信長様の端正な横顔を照らし出している。
どこか憂いを帯びたようなその横顔は、あまりにも美しくて…私は一瞬、言葉を失ってしまった。
(っ…綺麗っ……)
「………朱里?」
「あっ…」
「くくっ…どうした?そんなに俺の顔を見て…何かあるのか?」
「ご、ごめんなさい…月明かりに照らされたお姿があまりにも綺麗で…っ…輝夜姫みたいだな、なんて思っちゃって」
「は?……貴様、また呆けたことを…輝夜姫は、貴様の方であろう?」
「えっ?っ…あっ…んっ」
ふわりと引き寄せられて、男らしい身体に囲われると、耳元で甘く囁かれる。
「こうして捕らえておかねば、俺の輝夜姫は、いつ、月の国へ帰ってしまうか分からんからな」
「あっ、んっ…そんな…私はずっとお傍におりますよ?」
(信長様のお傍を離れたい、なんて思うはずがないもの)
「ふっ…そうだな。俺は貴様を決して離しはせぬ。誰の手も触れさせぬ」
耳の奥へ熱い吐息を注ぎ込むように告げると、私の手を取り、手の甲にチュッと口付ける。
(あっ……信長様っ…もしかして…)
「信長様…あのっ…昼間の、私が信玄様に触れられたこと…もしかして、気にされてますか?」
「くっ……」
咄嗟に私から顔を背けた信長様の頬は、微かに朱に染まっているように見えた。
(嫉妬…して下さったのだろうか……)
「………信長様?あの…」
「っ…馬鹿なことを言うでない。この俺が、信玄ごときを気にするなどと…くだらぬことを言うのは、どの口だ?俺が塞いでやるっ」
ーちゅっ ちゅううぅ……
「っ…あっ、んんっ…あぁっ…」