第80章 魔王と虎
久しぶりの城下は相変わらずの賑わいで、信長様のお誕生日を明日に控えて、お祝い一色に染まっていた。
信長様と二人、手を繋いで歩いていると、行く先々で声をかけられる。
「信長様っ、お誕生日おめでとうございます!」
「信長様、おめでとうございます…これ、細やかですが、祝いの品です!」
「奥方様っ、御懐妊おめでとうございます!お身体、大事になさって下さい!」
「皆さん、ありがとうございますっ!」
誰もが嬉しそうにお祝いの言葉をかけてくれる。
その様子に、信長様が城下の民たちに慕われているのが伝わってきて、私も自然と笑顔になっていた。
(皆が、信長様のお誕生日を心から祝福してくれているんだ…嬉しいな)
「……朱里、疲れていないか?少し休憩するか?」
通りの少し先に見えている茶屋にチラリと視線をやりながら、私に気遣いの言葉をかけてくれる。
久しぶりの城下は目新しいものも多くて、見ているだけで華やいだ気持ちになるけれど、長らくお城の中から出ていなかった私は、人出の多さに少し疲れを感じていたのだ。
そんな私の些細な変化にも即座に気付いてくれる、信長様の心遣いが嬉しかった。
「ありがとうございます、信長様」
茶屋の店先に腰を下ろして、注文したお茶と甘味を待っていると、顔見知りの商人の男性が信長様に話しかけてきて、何やら商いの話が始まってしまった。
最初は雑談のようだった商いの話は、お茶が運ばれてくる頃には、立ち話では済まなくなったらしく………
「朱里、すまぬが、少しここで待っていてくれるか?此奴の店で、今すぐ確認しておきたいことができたのだ」
「奥方様、申し訳ございません…私の店は近くですから、すぐ終わらせますゆえ…」
商人の男性は、申し訳なさそうに眉根を下げる。
「あっ、はいっ…私はここでお茶を頂いていますから、ご遠慮なく行ってきて下さいませ」
信長様のお仕事の邪魔をしてはいけない、と笑顔で見送る私を、少し心配そうに見遣りながらも、信長様は商人と連れ立って通りを歩いて行かれたのだった。