第79章 新命
他愛ない会話を交わしつつ、結華を連れて天主へ上がる。
室内へ入った途端、それまで手を引かれるままついて来ていた結華は、ぎゅうっと俺の背中へしがみついた。
「っ……結華っ…」
「ちちうえっ…」
小さな身体を抱き締めて、宥めるように、その背を撫でる。
互いに言葉を交わすことなく、そのまましばらくそうしていたが、やがて結華は俺の腕の中で緩く身動ぎする。
「結華っ…何があった?」
そっと身体を離し、視線を合わせて優しく問いかけてやるが、きゅっと唇を引き結んで口籠もった結華は、すぐには答えてくれない。
それでも、辛抱強く待っていると……やがて小さな口からポツリと呟くように言の葉が落ちる。
「父上っ…母上は…ご病気なのですか?」
「ん?」
「っ…お腹の中に赤ちゃんができたって聞いたのに、毎日辛そうになさってて…お部屋から出てこられないし…ご飯も一緒に食べて下さらないの。
お傍に行きたいけど…お布団で休んでおられることも多いから…お身体がどこかお悪いのかと思って…」
「っ……」
不安げに揺れる純粋な娘の瞳に、ぐっと心が揺さぶられる。
朱里の体調不良が、こんなにも結華を不安にさせていたとは思わなかった。
普段なら、具合が悪くても子に気取られぬよう振る舞う朱里も、此度は流石にそんな余裕はないのだろう。
俺も、朱里のことばかりに気を取られて、結華の心情を慮ってやれていなかった。
辛そうにする母を目の当たりにして、どんなにか心を痛めていたことだろう。
結華の気持ちを思うと、ひどく切なくなり、堪らず、ぎゅっと抱き締めた。
「結華っ…母上は病気ではない。母上のお腹の中には赤子がおる。結華の弟か妹だ。赤子はまだとても小さい。今、母上のお腹の中で赤子は早く大きくなろうとしているのだ。
だから、母上は今、少し身体が辛い。けれど、じきに良くなる」
「っ…本当に?」
「ああ、父が嘘を言ったことがあるか?ないだろう?だから案ずることはない」
「っ……うんっ…」
強張っていた結華の表情が、少し和らいだように感じる。
「結華が母上のお腹の中におった時も、同じだった。赤子を大きく育てるのは大変なことなのだ。母上は凄いな」
「うんっ…母上と赤ちゃんは、どっちも頑張ってるんだね…。
父上っ…私にも何か頑張れること、あるかな…」
「結華っ…」