第79章 新命
それから暫く経っても、悪阻が治まることはなく、私は毎日を鬱々と過ごしていた。
最初の時のように寝込むほどではなくなったけれど、長引く吐き気に、じわじわと体力を奪われていた。
「ゔっ…おえっ…ゔゔっ…」
「姫様っ…大丈夫ですか??」
千代が慌てて差し出してくれた盤を、抱えるようにして口元へ持っていく。
「ううっ…気持ち悪い…」
「姫様っ…」
口元を拭う私に、千代は白湯の入った湯呑みを差し出してくれる。
それを、ちびちびと少しずつ口に含みながら、力なく脇息に凭れる私の背中を、千代は優しく摩ってくれた。
「ありがとう、千代…はぁ、これ、いつまで続くんだろう…結華の時はここまで酷くなかったのに…」
一向に落ち着かない酷い悪阻に、気分はどうしても塞ぎがちで、ついつい愚痴が溢れてしまう。
「姫様、お辛いでしょうが、今少しの御辛抱ですよ。まさか産まれ月まで悪阻が続くことはないでしょうし……」
「ひっ、怖いこと言わないでよ…今でも辛いのに…これ以上続いたら…もう無理っ」
「まぁまぁ…そんなこと仰って…信長様がまた御心配なさいますよ?それに姫様、悪阻が酷いとお腹の子が男子だという言い伝えもございますよ!」
「ええっ、そうなの?」
思いがけない言い伝えの話に、思わず身を乗り出してしまった。
私の予想以上の食いつきに、話題を振った千代の方が若干引いている。
「え、えぇ…単なる迷信かも、しれませんけど…」
「確かに、そう言われてみれば、結華の時とは辛さが全然違うわ!男子…この子は、お世継ぎかもしれないのね…」
すりすりとお腹を撫でてみる。
まだ膨らみも、胎動も感じないけれど、不思議なもので、確かにここに信長様との愛の証が存在するのだとはっきりと感じるのだ。
終わりの見えない悪阻の辛さに、正直、心が折れそうになることもある。
自分の身体なのに思うようにならなくて、信長様のお傍に侍ることもままならない日もある。
それでも、こうしてお腹に触れていると、子の存在を感じられる。
どんなに辛くても、この子の為なら頑張れる。
早く逢いたい。
信長様と結華と、この子と、四人で過ごす穏やかな時間が、今はただ待ち遠しかった。