第79章 新命
「来月は信長様のお誕生日もありますし、それまでには何とか、元気になっていたいのですけど……」
皐月の12日は信長様のお誕生日。
毎年、各地の大名達から贅を尽くした贈り物が送られてきて、多くの方々がお祝いに訪れる。
この日は城下もお祝い一色になり、夜には城で盛大な祝宴が開かれるのだ。
例年どおり、今年も秀吉さんを中心にお祝いの準備が進められているようだが、体調を崩してしまったせいで、私はまだ何の用意も出来ていなかった。
なかなか床から起き上がれず、準備が進まないまま日々が過ぎていくことに、正直少し焦っていた。
(今年は、大坂に城移りして初めてのお誕生日だもの…例年以上に賑やかにお祝いしたいのに)
「誕生日か…もうそんな頃だったか? ふっ…貴様と出逢うまでは己の生まれ日など、大した意味もなかったのだがな。
今は…貴様と共に重ねていく一年一年(ひととせひととせ)が、かけがえのないものに思える。
豪華な品や賑やかな宴も、貴様が共におらねば意味がない。
朱里……愛してる。貴様と結華と、この腹のなかの子と、四人で過ごす時間があれば、俺はそれだけでよい」
「っ…信長様っ……」
信長様の大きな手が頬を柔らかく包み、額にチュッと優しい口づけが落とされる。
そのまま額をコツンと合わせて、熱の籠った深い紅の瞳で、じっと見つめられた。
愛情溢れる言葉と欲を孕んだ熱っぽい眼差しに、心も身体も、芯から蕩けさせられるようだった。
「っ…あっ…信長さま…」
信長様の熱に当てられたように、身体が、かあっと熱くなってしまい、渇いたような掠れた声で名を呼んでしまう。
「っ…くっ……そのような声で名を呼ぶでない。歯止めが効かなくなる…っ…俺がどれだけ我慢しているか、貴様、分かっているのか?」
「んっ…あっ…そんな…」
「貴様の顔を見るたび、声を聞くたびに、触れたい、愛でたいという、どうしようもない欲情に駆られるのだ。だが…俺は、貴様を傷つけたくはない」
心の奥から搾り出すような切ない声音で囁かれ、胸がきゅっと甘く疼く。
「私もっ…信長様に触れたいっ…触れて欲しいっ…」
溢れる想いのまま、自然と、しがみつくように信長様に身を預けていく。
体調の悪さも、今この時だけは、忘れてしまったかのように、心も身体もひどく昂っていて…私は信長様との甘いひとときに溺れていった。