第79章 新命
「もぅ…秀吉さんに叱られますよ?」
「構わん、彼奴の説教は聞き飽きた。 ほら、口を開けよ」
小瓶から、澄んだ空色をした小さな金平糖を一つ摘むと、朱里の口元へ持っていってやる。
いつも艶々と潤っていた扇情的な唇は、今は少し乾いてやつれていたが、甘い香りの金平糖が近づいていくと、ねだるように薄らと開いた。
その儚げな様子に堪らなくなり、金平糖を小さな口に含ませると同時に、柔らかく口づけていた。
「っ…んっ…あっ、はぁ…」
ーちゅっ ちゅっ ちゅうっ
唇を啄むような可愛らしい口づけを、飽きることなく何度も施す。
金平糖の甘い香りに、頭の中が柔らかく解れていくようだった。
やがて、信長が名残り惜しげに唇を離すと、朱里はとろんと蕩けた顔で頬をほんのり赤く染めていた。
「んっ…金平糖、もう溶けちゃいました」
「ふっ…まだ沢山ある。貴様の顔色がこのように良くなるのなら、いくつでも食わせてやる」
「やっ、もぅ…そんなの、私の心の臓が持ちません…」
ふふふっ…と俯いて恥ずかしそうに笑う姿は少女のように可憐で、腹に子を宿しているようには見えない。
その可愛らしい姿にさえ、どうしようもなく欲情してしまう己の浅ましさに、信長は胸の内でそっと溜息を零した。
懐妊が分かってからも、朱里の体調は悪くなるばかりで、悪阻も前回の懐妊の時よりも症状が酷く、長引いているようだった。
思うように食事を摂れぬせいで、体力が落ちる、体力が落ちるから更に食べれない、という悪循環に陥り、近頃は寝たり起きたりを繰り返している。
体調が安定するまでは、夜伽も控えねばならず、悪阻で苦しむ姿を見れば、気安く触れることすら憚られた。
(子が出来たことはめでたいが、朱里に触れられぬ日々が続くかと思うと、それは些か堪え難いな…)
不謹慎とは思いつつも、己の身体は欲に正直で……朱里の些細な仕草にすら、燃えるような欲情を覚えてしまっていた。
「……信長様?」
急に黙ってしまった信長に、朱里は気遣わしげな視線を向ける。
その頬を手のひらでそっと包み込み、安心させるように優しく囁く。
「体調が落ち着いたら、また城下へ連れて行ってやろう。民たちも此度の懐妊を喜んでくれている。天女様の元気な顔を見せてやるがよい」
「ふふ、楽しみですね!」