第79章 新命
「まぁ!姫様っ、どうなさったのですか!?」
俺の腕に抱かれてぐったりとしている朱里を見て、千代が慌てて駆け寄ってくる。
「千代、褥の支度をしろ。すぐに家康に診させる」
「は、はいっ…」
慌ただしく敷かれた褥の上に、そっと寝かせると、すぐに帯を緩めてやる。
「っ…ゔっ…おぇっ…」
「朱里っ…」
意識が戻ったようだが、気持ちが悪いのか、すぐに嘔吐しそうになったため、慌てて身体を横向きに寝かせてやる。
「朱里っ…大丈夫か?」
「ゔゔぅ…吐きそ…」
横向きにした背中を摩っていると、盥を持った家康が飛んできて、朱里の枕元に差し出してやった。
「信長様、診察しますので下がってて下さい」
「くっ…傍におってはいかんのか?家康」
「………すみません。一応、女子の診察だし…朱里も気を使うでしょう。終わったら、声掛けますから…」
「くっ……」
確かに、ここにおっても俺が出来ることなどない。
それでも、辛そうな朱里を置いて出て行くことが忍びなくて……青ざめたその頬をそっと撫でてから、部屋を出る。
「はぁ……」
入口の襖を後手で閉めた信長は、堪えきれぬ様子で深い溜め息を吐く。
具合が悪かったことに気付いてやれなかった。
最愛の母を亡くし、葬儀を済ませた後は、慌ただしく帰国した。
正直言って、ゆっくりと母を偲ぶ時も与えてはやれなかった。
城に戻れば、長く不在にしていた分、奥の差配もしなければならず、休む間もない。
疲れも溜まっていたのだろう。
(責任感が強いあやつは、自分から休みたいとは決して言わんからな……。色々と無理をしていたのだろう。そんなことにも気付いてやれなかった。
俺は…朱里の何を見ていたのだろうか…)
苦々しい思いで、ぐっと奥歯に力を入れる。
自分の不甲斐なさを噛み締めるように、ギリギリと歯を食いしばりながら、家康の診察が終わるまで、信長は襖の前で黙って立ち続けたのだった。