第79章 新命
朱里が倒れた。
朝、目覚めた時からぼんやりとしていて、顔色も良くなかった。
昨夜は、うたた寝をするぐらい眠そうにしていたのに、寝所ではあまり眠れなかったらしい。
俺に気を遣って寝たふりをしていたようだが、愛しい女のそのような様子に気付かぬ俺ではない。
不眠の原因は分からんが、『今日は一日昼寝でもして、ゆっくり休んでいろ』とでも言ってやろうと思っていた矢先のことだった。
広間へ足を踏み入れた途端、青白かった顔を顰めて口元を押さえながら立ち竦んでしまった。
(気分が悪いのか……?)
心配して声を掛けようとした時、身体の力が抜けたように足元から崩れ落ちたのだ。
「っ…朱里っ…」
力なく倒れる身体を慌てて受け止める。
腕の中にずしりと重さを感じて、顔を覗き込むと…どうやら気を失っているようだ。
(っ…どこか悪いのか、気を失うなど…)
「家康っ!」
「はいっ!」
焦る気持ちを隠して、傍らに控えていた家康に声を掛ける。
思ったよりも上擦った声が出てしまい、動揺を隠し切れてないなと内心苦々しく思ったが……この際、仕方がないだろう。
「朱里を寝所に運ぶ…ついて来い」
「はっ!」
広間の中で、異変に気付いた秀吉が慌てふためいて立ち上がる姿が目に入ったが、彼奴に構っている余裕はない。
朱里の華奢な身体を腕に抱いて、バタバタと慌ただしく廊下を歩きながら、頭は混乱していた。
(どこが悪い?ここ最近の様子はどうだった?昨夜から既に具合が悪かったのか?あぁ…夜遅くまで酒の席になど付き合わせなければよかった……。いつからだ?小田原から戻って以来、落ち込んではいたが……いや、確か船上でも気分が悪そうにしていたか…?くそっ……俺としたことがっ…)
足早に朱里の自室へ向かいながら、腕の中のくったりした身体をぎゅっと強く抱き締める。
固く閉じられた瞳
薄く開いた唇から漏れる、頼りなげな息
重い病だったら…もしや、このまま目覚めぬ、などということはあるまいな…などと愚かなことを考える。
俺は今、どんな顔をしているのだろうか。
きっと、置いていかれた子供のような、寄る方のない頼りなげな顔だ。