第77章 別離
「……朱里っ」
背後から声をかけられて、ハッとなって振り向くと……
「っ…信、長、さま…?」
突然目の前に現れた、逢いたくて堪らなかった愛しい人の姿に、私は驚きを隠せなかった。
「信長様っ…っ…あのっ…いつお戻りに?」
「つい先程だ。視察は全て終わった。……お母上のご様子は…どんな具合だ?」
「っ…うっ…くっ…」
信長様の優しげに問う声を聞いてしまうと、我慢してきた感情が一気に溢れてきてしまう。
気が付けば、私は、信長様の腕の中に飛び込み、その逞しい胸元に、今にも涙が溢れそうな顔を埋めていた。
「っ…朱里?」
「信長様っ…は、母上は…母上は…もう…今宵が山場だと…お医者様がっ……」
「くっ……」
「私っ…怖いのです、母上を喪うことが……自分でも、どうすればいいのか分からないっ…」
泣いてはいけない
取り乱して信長様を困らせてはいけない……そう思う気持ちとは裏腹に、冷たい雫が幾筋も頬を伝う。
解けてしまった緊張の糸は、再び繋ぎ合わせるには余りにも脆く、儚かった。
涙が止まらない私を、信長様はふわりと包み込むように優しく抱き締めてくれる。
宥めるように何度も髪を撫でる手は、この上なく優しい。
「……朱里、一人で辛かっただろう…傍にいてやれなくて悪かった」
「うっ…信長さまっ…」
「何があろうと俺が必ず貴様を支える。だからもう、何も案ずるな……さぁ、一緒にお母上のもとへ参ろう。
……最期の時は、お傍にいて差し上げねばな…」
「っ……はいっ…」
繋がれた手から伝わる信長様の温もりが、指先から私を暖めてくれる。
不安に揺れていた心までも暖める、その温もりを離したくなくて…指を絡めて強く握り返していた。