第77章 別離
思わず揺らぎかけた私の身体を、信長様の逞しい腕が背後から支えてくれる。
包み込むように、ふわりと抱き止められて、自然に身体を委ねる。
不安な気持ちのまま、縋るように見つめると、大丈夫だと言うかのように力強く抱き締められた。
(信長様っ…)
「高政、母上に逢わせて。私、少しでも長く、母上のお傍にいたい」
「朱里っ…」
高政の案内で母上の部屋を訪れると、そこはしんっと静まり返って重苦しい雰囲気に包まれていた。
「………母上?」
母は、眠っているようだった。
血色が悪く蒼白い顔 布団からチラリと覗く、か細い腕
数年ぶりに見る母の姿は、弱々しく、今にも消えてしまいそうなほどに儚かった。
傍に寄ってみると、ヒューヒューという苦しそうな息づかいが聞こえてきて……苦しそうな母の姿に、胸がきゅうっと締め付けられる。
「心の臓が…だいぶ弱っておられるようだ。起きているのは体力がいるのかな……最近は眠っておられる時間が増えているようだよ」
「っ…うっ…母上っ…」
涙が溢れそうになるのを、唇を強く噛み締めて必死に堪える。
(泣いちゃダメだ……母上だって、きっと苦しいはずなのに…)
自分がしっかりしなくては、と気持ちを奮い立たせるように背を伸ばす。
そんな私を、信長様は黙って支えてくれていた。
政の話をするため、信長様と高政がその場を離れた後、私は一人、母の枕元に座り、眠る母の様子を見守っていた。
相変わらず、母の呼吸は荒く、その目蓋は固く閉じられたままだったが、それでも私はお傍を離れられなかった。
(この城に居られる間、私が母上の看病をしよう。私に出来ることはそれぐらいしかないから……信長様の御配慮に甘えさせて貰おう)
一人じゃなくて良かった。
信長様がいてくださる、それだけで、様々な不安に押し潰されそうな心が何とか平静を保っていられた。