第77章 別離
思いがけぬ言葉に戸惑いながら、信長様を見つめると、
「まずは相模国に行く。他の国へは、そこから馬で移動する。北条家へはその旨伝えておるゆえ、俺が他の国へ視察に行っている間、貴様は小田原城で待っておればよい」
「っ…信長様っ…」
「視察には日を要するゆえ、貴様は小田原でゆるりと待て」
「……ありがとうございます」
私の為に、そのように取り計らって下さったのかと思うと、有り難くも申し訳なく、信長様の優しさが身に染みた。
(もう一度、小田原へ戻れるとは思わなかった……母上っ…早くお逢いしたい)
目の前に広がる穏やかな海に目をやりながら、今はまだ遠く離れた故郷の地に想いを馳せた。
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異国船の航行速度は早く、日が落ちる前には、私達は小田原へと着くことができていた。
「朱里っ…」
「っ…高政っ…」
港へ船を停泊させ、馬で城へ向かった私達を城門前で出迎えてくれたのは、今は北条家の家老となった、従兄妹の高政だった。
「信長様、遠路はるばる、ようお越し下さいました。……朱里を、ここまで連れてきて下さったこと、感謝致します」
私の目の前で、信長様に深々と頭を下げる高政の姿に、グッと胸が詰まる思いがする。
「高政っ…母上は……?」
気が急いてしまい、挨拶もそこそこに母の様子を尋ねる私を見た高政は、悩ましげな表情を浮かべる。
「朱里……取り敢えず、城内へ入ろう、話はそれから…ゆっくりな……」
(高政……?)
話を濁すような高政の態度に釈然としないものを感じるが、城門前で立ち話もどうかと思い直し、高政の後に続いて城内へと向かったのだった。
実家を離れて数年、異母弟が家督を継いで代替わりしたことで、城内の様子も随分と変わっていた。
(懐かしいけれど、どこか遠いようで少し寂しい)
客間へと私達を案内してくれた後、高政は重たい口を開いた。
「朱里、伯母上のご容態だが…正直言ってあまり良くない。医師が言うには、この月持つかどうか、ということらしい」
「っ…そんなっ…」
(覚悟はしていたけど、そんなにすぐ……?)
告げられた残酷なまでの事実が、私の胸に深く突き刺さり、蝕んでいく。