第77章 別離
それから三日後の昼下がり、私は、東へ向かうガレオン船の船上に立っていた。
早朝に大坂城を出立し、堺へと馬を歩ませた私達は、堺で織田家の所有するガレオン船に乗り換え、東へと進路を取った。
午後の暖かな陽射しが降り注ぐ中、船の舳先に立った私は、眼前に広がる穏やかな海に目を奪われていた。
今日は天候も良く、穏やかな波が立つ海面を、異国船はスイスイと流れるような速さで進んでいる。
陽射しを受けた波飛沫が、キラキラと輝いて眩しいぐらいに美しい。
間近に感じる潮の香りも懐かしく、郷愁を誘うものだった。
どこまでも続く大海原を、私は飽きることなく眺め続けていた。
「…………朱里」
「っ…あっ……」
大きな腕に、包み込むように抱き締められて背後を振り向くと、柔らかな笑みを浮かべた信長様のお顔がすぐ近くにあった。
「海を見ているのか?貴様は本当に海が好きなのだな」
「はい…幼き頃より、海は身近なものでしたから……どこまでも続くこの広く蒼い海を眺めていると、自分自身がひどく小さなものに思えます。日々の悩みなども、この美しく大きな海の前では取るに足らぬ些細なことのように……」
「……そうだな。この大きな海を見ていれば、小さな事で悩んでいるのが馬鹿らしくなることはあるな。だが……この大きな海に囲まれた日ノ本はちっぽけな国だが、その中で日々を必死で生きている人々は決して小さな存在ではない、と俺は思っている。
必死で生きてこそ、人は輝くものだからな」
信長は、その力強く意思の強い目で、遠くに見える海の端をジッと睨むように見据えている。
(信長様は、遥か遠くまで続く海の、その先を見ておられるのだわ)
「信長様、此度の視察、まずは三河国から参られますか?」
順路を考えれば、近いところから三河、駿河、遠江、甲斐へと進み、再び海路にて相模へ、といったところだろう。
(小田原は一番遠いから最後ね、きっと……一刻も早く母上に逢いたいけれど、この旅は信長様のご公務だもの…私は我が儘なんて言えない)
落ち込んだ顔を見せまいと、少し寂しい気持ちを胸の奥に隠して微笑んでみせる。
「……いや、まずは相模からだ。この船は今、小田原へ向かっている……朱里、今日中には母上に逢えるぞ」
「……えっ……」