第77章 別離
「それと…此度の視察には、朱里、貴様にも同行を命じる。出立は三日後。堺より船で移動する。各々、急ぎ支度を致せ…以上だ」
信長は一気に言い放つと立ち上がり、羽織を翻してその場を後にした。
後に残された者たちは、余りにも急な展開に、俄かに言葉を発せずにいたが……やがて秀吉がゆっくりと口を開いた。
「朱里、急なことで悪いが早急に支度をしてくれ。俺は此度は留守居だ、光秀が同行する。家康も一緒だから、何も心配しなくても大丈夫だからな?御館様を頼む」
信長様が退出されて空いた上座をぼんやりと眺めていた私は、秀吉さんのやけに落ち着いた様子と優しげな口調に戸惑っていた。
「っ…秀吉さん、こんなに急に視察の旅だなんて……」
「大丈夫だ。船旅だし、そんなに刻はかからない……小田原へも、すぐだ」
「えっ……」
(小田原へ…信長様と一緒に行ける…母上に……逢える?)
「っ…秀吉さんっ…」
「朱里、お前を一人で小田原へ帰らせるわけにはいかない。お前は御館様の御正室だから……けど、御館様の視察に同行して小田原を訪れることは……格別おかしな事じゃない。
御館様のご命令は、絶対だからな」
秀吉さんは、穏やかな笑みを浮かべて私の頭をポンポンと撫でてくれた。
「秀吉さん…ありがとう」
「全て御館様のご判断だ。俺は、一緒に行ってやれないけど……お母上との時間、大事にな」
嬉しかった。
信長様のご配慮が、皆の暖かな気遣いが…この上なく、嬉しくて、有り難かった。