第77章 別離
翌日、私は信長様に呼ばれて軍議の場に同席していた。
いつもは、始まる前にお茶を出して、そのまま退席していたのだが、今日に限って何故か最後まで参加しているように言われて……末席に控えて話を聞いていた。
(何だかこの雰囲気、久しぶりだな……よかった、今日は戦や一揆の報告はなさそうね)
今日の軍議は、各地の土地の様子や治水についての報告が主のようであり、報告は終始穏やかに進められていった。
「………………以上です、御館様」
秀吉さんが、今日の最後らしい報告を読み上げると、皆が一斉に信長様に視線を送り、広間の中の空気がピリッと引き締まる。
「ん……西国の様子も落ち着いているようだな。引き続き警戒を怠るな。……時に家康、貴様、久しく駿府に帰っておらんだろう?」
「…………は?急に何ですか?今、領地を不在にしているのは俺だけじゃないですけど……?」
急に話を振られた家康は、信長様の発言の意図が分からず、困惑した表情を浮かべている。
「それは分かっておる…西方の国々の様子は、先日の出陣の折に確認したが、東方の国々については、貴様と政宗の二人に委ねたままで、この目では久しく見ておらん」
「………はぁ…」
「よって此度、視察に出向く……案内せよ、家康」
「はぁ!?視察って…どこまでを?」
(信長様自ら、東方の国々を回られるおつもりか?理屈は分かるが…そんな大々的な視察、本気でやるつもりか、この人……)
「貴様の治める、三河、駿河、遠江。信玄と共同統治をしている、甲斐国。そして……北条の相模国。此度はこれぐらいだ」
信長の最後の言葉に、ハッとして顔を上げた家康は信長の意図を読み取ろうと、その目をじっと見つめてみたが……その表情からは窺い知ることはできなかった。
「大仰にするつもりはない。あくまで内々の視察だ……貴様は俺に同行して、久しぶりに領地に戻ればよいだけだ」
「は、はぁ…」
事も無げに言う信長に、言い返す言葉も見当たらず、ただ呆れた顔で見つめるばかりだったが、信長本人は全く意に介していないようだった。
いつもなら早速に苦言を呈しそうな秀吉だが、事前に聞いていたのだろうか、信長の無茶苦茶な命令に反対する素振りも見せず、神妙な面持ちで黙って聞いている。