第76章 優しい嘘
冗談めいた口調で言う佐久間殿に対して、信長様もまたニヤニヤと悪戯っぽく笑みながら答える。
「ふふっ、同じ嘘でも、より現実味があったであろう?」
「ははっ、これはご無体なことを仰る。悪戯好きなところは、幼き頃より変わられませんな。
……そうそう、あれはおいくつの頃でしたかな、林に随分と手酷い悪戯をなさって…」
「っ…待て、佐久間…それ以上言うでない」
信長様は、慌てたように制止の声を上げる。
「えっ、やだ、聞きたいです、私」
思わず私が食いつくと、信長様は眉根を寄せて私を睨む。
「やめておけ」
「ははは! 御館様のやんちゃっぷりを奥方様にも知っていただく良い機会では?」
茶化すように言う、愉しそうな佐久間殿に対して、信長様は、至極ばつの悪そうな顔をしていて……
(ふふ、可愛いな、信長様…こんな姿、初めて見るかも)
普段とは少し違う信長様に、きゅんとする。
私の知らない幼い頃の信長様を知っている人が、今の信長様を暖かく見守ってくれている、そのことが嬉しくて堪らなかった。
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その夜、寝支度を済ませた私は、先に寝台に横になっておられた信長様の隣に寄り添う。
「信長様、昼間はありがとうございました。佐久間殿と話ができて本当によかったと思っています」
「あぁ…」
(真実を知って、信長様の考えを知って…また少し信長様の心に近づけた気がする)
佐久間殿は、持病の治療のため京へ鍼治療に行く途中で、大坂へ寄ってくれたそうだ。
(京の有名な鍼灸師を信長様が紹介してくれたって嬉しそうに言ってたな…)
「……これで、貴様の悩みは解決したか?」
「はいっ!…あっ、でも…」
「何だ、まだ何かあるのか?」
呆れたように私の顔を覗き込む信長様に、昼間の佐久間殿とのやり取りが思い出されて………
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「幼少の頃のお話、少しだけでいいので聞きたいです」
「それ相応の覚悟があるならな」
(うっ………圧がすごい)
不機嫌そうに眉根を寄せた信長様に、佐久間殿も可笑しそうに笑いながら………
「では、また次に参る折にでも、奥方様と二人だけで……」