第76章 優しい嘘
「御館様が私どもに暇を与えて下さったのは、ほかでもない私たちの為なのですよ」
「!?そうなんですか」
「ええ。長らく闘病中だった林の奥方がもう永くないと知った御館様が、お暇を出され………持病の膝痛が悪化して馬に乗るのも困難になりつつあった私には、療養するようにと」
(やっぱり…全て信長様のご配慮だったんだ……)
佐久間殿によって語られる『追放』の真実に、驚きながらも、納得するものがあった。
「でも、お二人が不当に追放されたと皆は思い込んでいて、家臣の人たちは、次は自分が処分されるんじゃないかと、信長様を恐れていて…大坂城内には不安が広がっているんです」
「それは…………」
一度口を噤み、佐久間殿は信長様に視線を向けた。
「良い。こやつが納得するよう、話してやれ」
「畏まりました。実は………そもそも、この追放劇は、敢えて不当な追放だと思わせるように、御館様と私どもで仕組んだことなのです」
「えっ…………」
(わざと、こんな状況になるようにしたってこと??)
「職務怠慢や裏切りの抑止力になる、というのが、御館様のお考えでした。そして我々は、長年仕えた家老が私情で隠居することで、士気が下がることを危惧しておりました。それゆえに、御館様は敢えて厳しい態度を示して我々を断罪し、追放なされたのです」
(そうだったんだ………)
ぎゅっと胸が痛んで、思わず俯く。
(信長様は…自分が悪く思われることも分かってて、それでも敢えてこんな判断をなさったんだ……)
「朱里、貴様が気に病むことはない。これが最良の策だと、俺自身が判断した結果だ」
「信長様っ……」
「事実を曲げて伝えることで、御館様の求心力に悪い影響が出ないかと、私たちも懸念しておりましたが………今の御館様であれば、それも要らぬ心配となりましょう。今は不安に感じている家臣たちも、いずれは御館様の真意に気が付きます。
奥方様、御館様は貴女と出逢い、随分と変わられた。
そしてこれから……今よりもっと立派な君主におなりになる。
私は、そう確信しておりますよ」
「っ…佐久間殿っ…」
信長様と佐久間殿の間にある信頼関係がひしひしと感じられて、胸の奥がじんわりと暖かくなる。
「まぁ、しかし、あの『十九箇条の折檻状』は、さすがの私も、些か堪えましたぞ、御館様?」
(………えっ?)