第76章 優しい嘘
それから数日経ったある日の昼下がり、私は信長様に呼ばれて天主へと向かっていた。
(珍しいな、信長様が昼間に私を天主に呼ばれるなんて……急用かしら?)
「信長様、朱里です。入ってもいいですか?」
入り口の前で声をかけ、襖を開けると、そこには信長様が意外な人物と向き合っていて…………
「っ…佐久間殿!?」
信長様と向かい合って座り、穏やかな微笑を浮かべていたのは、信長様によって織田家から追放された、佐久間信盛、その人だった。
「奥方様、お久しゅうございます」
年配の者らしく、折り目正しく挨拶をするその姿は、以前と変わらぬ堂々とした風格があった。
ただ、以前と違っているのは、膝を庇うように崩した姿勢で信長様の前に控えていることだった。
(佐久間殿が、何故この場に…?)
「佐久間殿…お久しぶりです、えっと、あの…」
(なんて言ったらいいんだろう?)
この状況が示す意味が理解できず、しどろもどろになる私を見ていた信長様は、可笑しそうに喉を鳴らす。
「くくっ…貴様、何を呆けた顔をしている」
「これは…申し訳ない。奥方様を驚かせてしまったようですな」
愉しそうに笑う信長様に対して、恐縮したように控えめな笑みを浮かべる佐久間殿もまた、穏やかな顔をしている。
(信長様に追放されたっていうのに、穏やかな顔なさって…二人の雰囲気も和やかなものだし……一体どういうことだろう?)
混乱する頭を抱えて信長様の方を見ると、私の反応を愉しむかのように、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべている。
益々、訳が分からなくなってしまった私は、我知らず、佐久間殿の顔をじっと見つめてしまっていたらしい……
「奥方様?どうかなさいましたか?」
「っ…あっ…」
「ふっ…こやつは俺が貴様を追放した理由を知りたくて仕方がないらしい」
「ほぅ、それはそれは…妙なことをお知りになりたいのですな。御館様、私からお話しても宜しいですか?」
「構わん、話してやれ」
信長様の許しを得た佐久間殿は、居住まいを正してから、ゆっくりと語り出した。