第76章 優しい嘘
「っ…ありがとうございます、信長様」
「………痛くはないのか?」
「ふふ…ちょっと刺しただけですから…うっかりしてて…恥ずかしいです。信長様の方こそ、傷は痛みませんか?」
包帯の上にちらりと視線をやると…信長様は隠すように、さっと袖口を下ろしてしまった。
「信長様?」
「……貴様が案ずることは何もない。痛みなどないし、放っておいてもすぐ治る。
………あぁ、貴様に舐めてもらうのも良いな…それなら本当にすぐ治りそうだ」
「!?」
ニヤッと意地悪げに笑う信長様は、余裕たっぷりで…少し悔しい。
(ん、もうっ…本当に心配したんだから…)
大きな怪我でなくて本当によかった。
ご無事を確認できた安堵から、緊張が解けた私は、信長様の胸にゆったりと身体を預けた。
「………心配させて悪かった」
ポツリと小さく呟かれた言葉に、ハッと顔を上げて信長様のお顔を覗き込むと、少し照れたように顔を背けてしまわれる。
その頬は、ほんのりと朱に染まっていた。
「信長様がご無事なら、それだけで…」
「……ん」
何となく、お互いにそれ以上言葉を繋げなくなり、暫くの間、お互いの身体を強く抱き締め合った。
「っ…あの、信長様、今回の刺客って…」
ようやく気持ちが落ち着いたところで少し身体を離し、私は聞きたかったことを思いきって口にした。
「ん?あぁ…ここ最近ずっと俺をつけ狙っていた者だ。素性は今、光秀が問い質している最中だろう。じきに分かる」
「ここ最近…って、ご自分が狙われてること、分かっておられたんですか??」
「?あぁ…だからわざわざ城下へ出てやっていたのだ」
「なっ!?」
(それじゃあ、ここ最近、頻繁に城下に行かれていたのは…自分を囮に刺客を誘き寄せるためだったの?)
「あの、それじゃあ…私を城下へ連れて行って下さらなかったのは……」
「危険だと分かっていて貴様を連れて行くわけにはいかん」
(私のことを心配して下さってたんだ…っ…それなのに、私ったら、寂しい、って…自分のことばかり考えてた…)
信長様の優しさと深い配慮が身に染みて感じられ、グッと胸に迫ってくるものがあり……上手く言葉が出てこなかった。