第76章 優しい嘘
家臣達と別れた後、自室に戻った私は、空いた時間を持て余しつつ、縫い物でもしようと裁縫道具を取り出した。
結華の着物の袖口が少し綻びていたのを、繕おうと思ったのだ。
着物の仕立てなどは城の針子さん達がしてくれるが、簡単な繕いぐらいなら私でも出来る。
結華の身に着けるものは、なるべく自分の手でしてやりたかった。
(そういえば身丈も少し短くなってきてたな。最近急に背も伸びて…子供の成長って早いな)
赤子の時のぷくぷくしたまん丸い顔は、いつしか面長の大人びた顔付きに変わってきていて、結華は信長様に益々似てきていた。
(さすがは美形ぞろいの織田家…血は争えないな)
(信長様の子供の頃ってどんな風だったんだろう…『うつけ』とか、かなりのやんちゃだったとか、噂は色々聞くけど…当のご本人はあんまり話して下さらないしな…)
今の信長様の周りには、秀吉さんや光秀さんのように、信長様と歳も近い比較的若い家臣の方達が多い。
幼少の頃の信長様を知る古参の家臣達は、織田家の本来の領地であった尾張や美濃に残っていて、大きくなった織田家を陰ながら支えてくれている。
信長様の政の中心は、安土、そして大坂へと移ってきたが、尾張や美濃の地を決して蔑ろになさっているわけではなかった。
『年寄りは口煩くて困る』などと悪態を吐きながらも、古老達を秘かに気にかけておられるように、私には見えていたのだけれど……
(私には政のことはよく分からないけど…佐久間殿や林殿は、織田家にはまだまだ必要な方達だったんじゃないのかな……)
「っ…痛っ!」
突如襲われた痛みに、ビクリと身体を震わせる。
考え事をしながら針を動かしていたせいで、不覚にも指先に針を刺してしまったようだ。
あっと思って指先を見ると、小さな刺し傷から赤い血がプクッと盛り上がってきていた。
(っ…やっちゃった……)
縫いかけの着物を汚さぬように慌てて横に除けると、ジンジンと微かに痛む指先を確認する。
早くも溢れそうになっている血を見て、慌てて指先をすっと口に含んだ。
口の中に広がる微かな鉄の味に、焦燥にも似た感情が胸の奥から湧き上がってくるのを感じた、その時………