第76章 優しい嘘
追放の話を聞いて以来、信長様とは何となくギクシャクしてしまい、信長様の真意を聞くこともできずにいた。
用事を終えた私は自室へ戻ろうと廊下を歩いていて、前方から歩いてくる信長様の姿を見つけた。
「信長様っ!」
偶然会えたことが嬉しくて、思わず呼びかけてお傍へと歩み寄る。
「朱里…」
「今日はもうご政務は終わられたのですか?」
「ん?あぁ…今日はもう終いだ、今から城下へ行く」
「城下へ?あ、あの…私もご一緒したいです…ダメですか?」
「っ…いや、今日は一人で行く。貴様は待っておれ」
「……そうですか」
(っ…今日も断られちゃった。何かご用事があるんだろうな…仕方ないか…)
信長様は最近、頻繁に城下に行かれているようだ。
これまでは、城下に行く時は私にも声を掛けて下さり、一緒に行くことも多かったのだけれど、ここ最近は一向に誘って下さらない。
私からお誘いしても断られてばかりだった。
信長様がお忙しいのは理解しているつもりだったが、それでも少し寂しかった。
「分かりました。お気をつけて…行ってらっしゃいませ」
「あぁ…」
羽織を翻し去っていく後ろ姿を、名残惜しく見送っていると……
「……奥方様っ、大丈夫ですか??」
「御館様も、あのように冷たい言い方をなさらずともよいのに…」
廊下の反対側にいた数人の家臣達が歩み寄ってきて、心配そうに私に話しかけてくれた。
「…えっ?私は大丈夫ですよ?信長様はお忙しい方ですし、何かご用事があったのでしょうから…」
「それはそうですが…最近はご一緒にお出かけなさる機会が減っておられるようですし…奥方様がお淋しい思いをなさっておられるのではないかと……皆、心配しているのです」
「ええっ…そんな…」
「御館様は、奥方様と出逢われて随分変わられましたが……やはりまだ、冷たいところがおありのように思うのです。
そういうところに、皆も不安を感じている、といいますか……」
「そ、そうですか……」
思わぬ心情を打ち明けられて、戸惑いを隠せない。
(信長様が冷たい……?私にはそんな風に感じない事柄も、皆にはそう思えてしまうんだ…人の心って、何だか難しいな…)