第76章 優しい嘘
自室へ戻ったものの、家臣達の話と信長様の厳しい態度が気になって落ち着かなかった。
(二人が信長様に謀叛を起こすような事態になったらどうしよう……城内の家臣達が信長様を恐れるようになってしまうのも胸が痛い。
信長様の真のお優しさを皆に分かってもらうには、どうしたらいいのだろうか……)
「……朱里、いるか?」
(この声…秀吉さん?信長様のご政務はもう終わったのかな?)
「秀吉さん、どうぞ…」
遠慮がちに部屋へと入ってきた秀吉さんは、私の前に腰を下ろすとぎこちなく口を開いた。
「あのな、朱里、さっきの話のことなんだけど……」
「っ…うん……」
「その…なんだ、御館様は怒っておられるわけじゃないんだ。だから、あんまり気に病むなよ?
お前が御館様のことを信じてくれているのは、俺も分かってるつもりだし、心配はしてないけど」
「秀吉さん……」
「ご家老達の追放の、本当の理由を俺から話すわけにはいかないが………お前が不安に思うことはないからな。ま、そんなことお前は俺に言われなくても分かってるとは思うが。
でも……言っておきたかったんだ」
真剣な表情で、一言一言確かめるように告げる秀吉さんに、心が暖かくなった。
「ありがとう、秀吉さん。秀吉さんは優しいね」
「俺は…低い身分の出だ。けど、御館様はそんなことに関係なく俺を取り立てて下さり、ここまで導いて下さった。どれだけ感謝しても足りねぇ。
御館様のために尽くしたいという思いで、俺はここまで来たんだ。あの方のような、一人一人を良く見て下さる御方に仕えられて、俺は幸せ者だと思ってる」
心の底から紡がれる言葉には、秀吉さんの想いがいっぱい詰まっているようで……聞いている私もまた幸せを感じられていた。
「信長様も、口には出されないけど、秀吉さんがお傍にいてくれて心強いんじゃないかな。
家臣の皆も、信長様を恐れることなんてないのにね……」
家臣達の話を思い出すと、寂しい気持ちが湧き上がってくる。
信長様は、自分が他人からどう思われていようと、それを気にするような方ではない。
それでも…信長様が悪し様に思われるのは、私にはやっぱり少し寂しいことだった……