第76章 優しい嘘
確かに、今年の年始、二人は大坂へ挨拶に来なかった。
二人とも高齢であったし、尾張や美濃から遠く大坂まで来るのは負担になることであるから、私も特におかしいとは思わなかったのだ。
信長様は元々、年始の挨拶など形式的なものに拘る方ではないし、二人が来ていないことについても、特に何も仰っていなかった。
(追放は最近のことみたいだけど…もしかして、もっと前から信長様のお怒りに触れるような何かがあったということなの?
でも…信長様のなさることには、しっかりした理由があるはず…理由もなくそんなことはなさらないと思うのだけれど……)
「っ…あのっ、その追放の理由…それは真のことなのですか?」
「それは…確かに、お二人とも最近は目立った武功を上げられているわけではありませんでしたが…。
近年、秀吉様や光秀様のような、お若い武将の方々が次々と武功を上げられ、織田家を支えておられることは重々承知しております。
若い力を積極的に活用される御館様の手腕は素晴らしいとも思っています。
けれど、佐久間殿や林殿とて、華々しい武功はなくとも、その働きぶりは決して怠慢などではなかったと思うのです。それなのに…」
家臣の方は、心の中に溜めていた想いを一気に打ち明けるように語り、思い詰めたように唇を噛みしめている。
「っ…………」
「この追放はあまりにも不当なものに思えてならぬのです。
家臣達の中には、次は自分の番ではないかと不安に思っている者もいるようですし……
何より、二人が処分を恨んで御館様に反旗を翻さぬとも限りません」
(信長様は、年功序列とか古参とか、そういう古い考え方をなさる方ではない。
身分が低い者でも、能力が高く、益になる者だと判断されれば、武士でなくとも積極的に登用なさる。
だが…能力が劣る、武功がない、それだけの理由で、長年仕えてきた家臣を追放するとは思えない。
何か他に…理由があるのでは………)
一人悶々と考えを巡らしながら、私は、家臣達とは廊下で分かれて、信長様の元へ向かった。