第76章 優しい嘘
西国での一揆の鎮圧後、大坂には再び平穏な日々が戻っていた。
(そろそろ休憩の時間かな…)
朝から執務室でご政務中の信長様に、お茶をお持ちしようと廊下を歩んでいた私は、先の廊下の角で立ち話をしている数人の家臣の方の姿を見て、歩く速度を少し緩めた。
「おい、聞いたか?美濃の件…」
「ああ、一体どういうことだ?急にあのような…」
「いきなりの追放など…御館様は何を考えておられるのだ…」
(…ん?追放って…なに…?)
「佐久間殿も林殿も、古くからの譜代の家臣、それをあっさりと切り捨てられるなど、御館様はやはり血も涙もない御方なのか…」
「最近はお優しいお顔も見せられるようになられたと思っていたが…魔王はどこまでも魔王、ってことか…
俺達もいつ何時どんな処分を受けるか、分かったものではないな…」
「ああ、どのようなことが御館様のお気に触るか分からんからな…気が抜けんぞ」
「しっ!声が大きい、聞こえるぞ!」
私の姿に気が付いたのか、家臣たちは慌てて口をつぐみ、互いに気まずそうに視線を交わし合っている。
「あ、あの…今の話は…」
恐る恐る尋ねてみると、皆はどうしたものかと顔を見合わせていたが、やがて重たげに口を開いて話してくれた。
「実は…御館様は数日前、急に佐久間殿と林殿に織田家からの追放を申し渡されたのです。
佐久間殿は『長年に渡る職務怠慢』、林殿は『かつての裏切り』が処分の理由でした。
佐久間殿に至っては、十九箇条にも渡る折檻状を突きつけられたとか……」
「お二人とも御館様のご幼少の頃からの古参の家臣で、家老として尾張、美濃の地を守ってこられた御方です。
それをあっさりと追放されるとは、あまりにも冷たい仕打ち。
このままでは、御館様のお考えを理解できず、反発する者も出てくるやもしれませぬ」
「っ…そんな…」
佐久間殿も林殿も古参の家老であり、私も面識があった。
信長様との婚姻の際には、反発を受け、随分と批判もされたが、今では互いに円満な関係を築けていたし、家中も纏まっているものと思っていた。
それがそんなことになっていたなんて……