第13章 安土の夏
数日後の夜
私は重い足取りで天主に向かっていた。
今宵も蒸し暑く、額に滲んでくる汗を懐紙で抑えながら、何度目かの溜め息を吐く。
「貴様に今宵、夜伽を命ずる。
今宵は断ることは許さぬ」
数刻前の軍議の席で、皆のいる前で発せられた信長様のご命令。
皆、一瞬息を飲んで、それから上座の信長様と私を交互に見遣って心配そうに様子を窺っていた。
(ただでさえ憂鬱なのに、皆の前でお命じになるなんて……)
(やっぱり怒ってらっしゃるのかしら…)
「…信長様、朱里です。
入ってもよろしいですか?」
「……入れ」
襖を開けていつものように天主に足を踏み入れる。
その瞬間、ひんやりとした冷気が身体を包み、汗ばんだ身体から、すっと汗が引く心地がする。
予想外のことに頭がついていかず、困惑した表情で信長様と目が合う。
「ふっ、驚いたか。
どうだ、夏とは思えぬ涼しさであろう?」
口の端を上げて、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
部屋の中を見回すと、四方に見たこともないぐらい大きな氷柱が置かれており、見た目にも涼しげである。
「城下の氷室からここへ運ばせたのだ。
まぁ、今宵一晩ぐらいは保つであろうよ」
「…信長様…このように貴重なものを、わざわざ…」
氷はこの当時貴重なもので、氷室を作り氷を保管することは手間も費用もかかり、信長様のような力のある大名にしかできぬことであった。
それでもこのような贅沢な使い方は普段は絶対にしない。
チリン チリン リーン リーン
耳に心地良い、上品な澄んだ音色が響く。
聴いたことのある、懐かしい音色。
音のした方を見ると、天主の軒先に、鈍色の鋳物でできた風鈴が吊り下げられており、微かに揺れている。