第74章 花の宴
天候にも恵まれて暖かな春の陽射しを目一杯に感じられる中で盛大に行われた花見の宴に、家臣たちの日頃の疲れも癒やされたようだ。
宴が終わり城へと戻る皆の表情は、晴れ晴れと清々しいものになっていた。
結華もまた、思いの外楽しい時間を過ごせたようだ。
今も馬上で、甘えたように信長様にくっついている。
(結華が楽しそうでよかった。でも…ちょっと羨ましい…なんて、私、母親なのに…)
信長様に後ろからぎゅうっと抱き締められて甘えている結華を見て、羨ましいなと思ってしまう自分自身の子供っぽさに、そっと溜め息を溢したのだった。
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その日の夜
「朱里、戻ったぞっ……と…何をしている??」
湯浴みから戻られた信長様は、勢いよく襖を開いて部屋の中へ入ってくると、私を見て怪訝な表情を浮かべる。
「あっ、おかえりなさい、信長様」
私は手元の動きを止めないで、顔だけ上に上げて応える。
「……それは…何だ?」
「ふふ…花びらを乾燥させてるんです。今日のお花見で集めた桜の花びらで、結華と一緒に押し花を作ってみようかと思って」
分厚い本の間に、和紙に挟んだ桜の花びらを挟んで、上からまた分厚い本を重石がわりに置いていく。
そうして何日も置いておくと、和紙に花びらの水分が吸い取られて花びらは綺麗なままで乾燥していくのだ。
その乾燥した花びらを並べて、絵のように貼りつけて作品を作るのだ。
小田原の母上は、城下に散策に行った時に積んだ草花などを、よく押し花にして綺麗なまま長く楽しんでおられた。
私も幼い頃には一緒にお手伝いしたものだ。
今日一日、美しい桜の花に魅了され、その感動を残しておきたくなった私は、久しぶりに母上との昔のやり取りを思い出して、結華と一緒に押し花を作ってみようという気になったのだった。
「そのように、美しいまま花を残す術があるのか…完成したら俺にも見せよ」
興味津々といった様子で、私の手元を見つめている信長様は、新しいものを見つけた子供みたいに目を輝かせている。
(未知のものに接する時の信長様の好奇心は、やっぱりすごいな。子供みたいで…可愛いっ)
微笑ましくて、僅かに口元が緩んだ私を、信長様が見逃すはずがない。
クイっと腕を引かれたかと思うと…私は暖かな腕の中に包まれていたのだった。