第74章 花の宴
「父上、見て見て!花びら、綺麗だよ〜!」
はしゃぐ結華の声に、俯いていた顔を上げると……
結華は、桜の花びらを両手いっぱいに集めていて、ニコニコと嬉しそうに笑いながら信長様に見せている。
信長様は、そんな結華の愛らしい姿に、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。
「ふっ…随分と集めたな」
「父上っ、見ててっ!」
結華は、両手を前に突き出すと、可愛らしく頬を膨らませて、ふぅーっと息を吹きかけた。
「っ…!?」
(わぁっ!?)
手の中の桜の花びらが、ふわりと舞い上がると、目の前でひらひらと舞い落ちていく。
その瞬間、目の前が薄桃色の霞に覆われたかのような錯覚を覚えて、無意識にパチパチと瞬きをしていた。
信長様は、目の前で舞う桜吹雪に一瞬驚いた顔をされたが、すぐにいつもの余裕の表情で結華に悪戯っぽく微笑んでみせた。
「結華、来いっ!」
腕を広げて嬉しそうに抱きついていく結華を、信長様はぎゅっと強く抱き締める。
そのまま結華を抱いて立ち上がると、高い枝に咲く桜を結華に見せたりしている。
目線が高くなって間近に桜の花を見られるようになった結華は、もう大はしゃぎだ。
信長様の腕に抱かれながら、手を伸ばして嬉しそうに桜の花に触れている。
久しぶりの親子水入らずの仲睦まじい様子に、私の心も穏やかに満たされていくようだった。
桜の季節は短い。
咲き始めると次々に蕾が綻び出して、あっという間に満開に花開くが、散り始めると見る見るうちに花が落ち、青々とした葉が茂り出す。
今を盛りと咲き誇る満開の桜は、懸命に生きる人の生命(いのち)の輝きを見るかのようだ。
潔いばかりのその姿は、人々の心を惹きつけて止まず、だから桜は皆に愛されるのだ。
「朱里…如何した?」
物想いに耽っていた私の顔を、結華を腕に抱いたままの信長様が心配そうに覗き込む。
「信長様……来年も再来年も、その先もずっと…こんな風に皆でお花見ができたらいいですね」
「ふっ…できるに決まっておろう。貴様の願いならば、何であろうと俺が叶えてやる」
「ふふ…ありがとうございます」
自信たっぷりで不敵に笑う信長様と、父の腕に抱かれて満足そうに笑う結華とを見て、私は幸せな気持ちでいっぱいだった。