第74章 花の宴
お花見当日
桜の木がある丘までは馬で行くことになり、私も久しぶりの乗馬を楽しんでいた。
私は今日は一人で馬に乗っている。
信長様はというと、気に入りの愛馬に跨り、結華を前に乗せておられる。
「ち、父上っ…」
「案ずるな、父が一緒なのだ、怖がることはない。顔を上げてみよ、結華。馬の上におると、遠くまでよく見えるであろう?」
「ん……っわぁ、本当だぁ」
(ふふっ…結華、楽しそう)
初めて馬に乗った結華は、最初こそ馬の高さに怯えていたけれど、信長様の腕の中はやっぱり安心するのか、徐々に愉しげな声を上げるようになっていた。
丘の上に着くと、そこは辺り一帯に桜の木が植えられており、まさに今、満開の時期を迎えていた。
時折吹く春の暖かな風によって、桜の花びらがひらひらと舞い飛んでおり、微かに香る春らしい花の香りが鼻腔を擽る。
「うわぁ、綺麗っ!」
想像以上の桜に思わず感嘆の声を上げてしまうほど、その光景は見事だった。
一際大きな桜の木の下には緋毛氈が敷かれて座が設けられており、豪華な料理やお酒などが次々に用意されているところだった。
そこから少し離れた木の下では、茶席の用意もしてあるようだ。
(お花見って…こんなに豪華なものだったんだ…)
想像していたよりも大掛かりな催しになっていることに驚きを隠せないでいると、あちこち指示をしながら動き回っている秀吉さんの姿が見えた。
(秀吉さん、すごく張り切ってるな)
「朱里」
後ろから呼びかけられて、振り向く前に腕を引かれていた。
「っ…わっ、信長様っ?」
「キョロキョロと余所見しおって…貴様の場所は俺の隣であろうが……離れるでない」
有無を言わせず、グイッと私の腕を引くと、信長様は桜の花びらが舞う中をすたすたと歩き始める。
自然に繋がれた手に、ドキドキと胸の鼓動が落ち着かなかった。