第74章 花の宴
その日の夜
「信長様、お疲れさまでした」
夜も更けた頃、ようやく天主に戻られた信長様をお出迎えする。
湯浴みを済ませて戻られた信長様は、洗い髪から顔に滴る雫を鬱陶しそうに指で払いながら室内へと入って来られた。
その色っぽいお姿に、ドキッと胸が高鳴ってしまう。
「まだ起きておったのか?俺に遠慮せず、先に寝んでおればよいものを…」
少し呆れたような顔で仰る信長様に、曖昧に微笑みを返しながら、お傍へと寄る。
(結華と同じで、私だって少しでも貴方と一緒にいたいの……)
「信長様、御髪がまだ濡れたままですよ。ちゃんと拭かれないと…お風邪を召しますよ?」
夜着の肩口を濡らしている雫に目をやりながら、手拭いを差し出す。
「ああ…そうだな…ならば、貴様が拭け」
「………えっ?」
信長様は口元にニヤッと悪戯っぽい笑みを浮かべてから、私の前に背を向けて、ドンと胡座を掻いて座ってしまわれた。
「ん?」
早くしろと言わんばかりに、緩く首を後ろに振り向けられる。
「んっ、もう…仕方がないですね」
呆れたように言って渋々手拭いを広げるふりをしつつも、内心では信長様のその甘えたような仕草にキュンと心がときめくのを抑えられなかった。
胡座を掻いた信長様の後ろに膝立ちしながら、濡れた黒髪に手拭いを当てて、雫を吸い取るように優しく髪を拭いていく。
艶やかな漆黒の髪は、しっとりと濡れている。
されるがままに身を委ねておられる無防備な後ろ姿が愛おしい。
髪先から滴り落ちた雫が、うなじを伝い落ちていく。
慌てて、手拭いをうなじへと滑らせようとすると……パシッという軽快な音を立てて、一瞬で手を押さえられていた。
「!?」
「っ……そこはよい…触るとどうなるか…貴様、分かっているのだろうな?」
「あっ…ご、ごめんなさい…」
(うなじ…擽ったいんだ…可愛いっ…)
急に、背中にピリッと警戒心を滲ませる姿が何だか可愛くて、自然と口元が緩くなるのを信長様に気付かれぬように堪えながら、髪を拭くことに集中した。