第74章 花の宴
弥生の月も半ばになると、暖かく春めいた天候が続くようになり、庭の桜も次々と花開き始めていた。
大坂城のお庭は、その季節ごとの花木が途切れることなく楽しめるように作られており、春は桜の他にも木蓮、沈丁花、水仙など、たくさんの種類の花木が目を楽しませてくれていた。
その日、私は結華と二人で庭を散策していた。
信長様は、連日の軍議と日常のご政務に追われてお忙しい毎日が続いているようで、この月に入ってからは、結華と親子水入らずの時間を過ごされることも少なくなっていた。
三人で天主で過ごしていた夕餉の時間も、いつしか母と子の二人だけになってしまい、信長様はご政務の傍ら、執務室で食事を摂られることも多かったのだ。
「……母上、父上は今日もお仕事ですか? 一緒に囲碁をするお時間は……今日もないですか?」
咲き始めで、まだ蕾も多い庭の桜の木を一緒に見上げていた結華は、どことなく寂しそうだった。
「…そうね…今日も朝からお忙しいみたい。父上様のお仕事は、この国のため、民のための大事なお仕事だから…お忙しいのは仕方がないことよ」
「………はい」
分かりやすく肩を落とす結華を見て、心が痛む。
信長様は、赤子の頃から結華を溺愛してこられ、時に母親の私も及ばないぐらいに世話を焼いて下さっていた。
結華もまた、信長様にベッタリなところがあって、典型的な父親っ子に育っている。
(大坂へ城移りしてから、信長様は以前よりもお忙しくなったみたい。天下布武が成し遂げられて大きな戦はなくなったけれど、日々のご政務や朝廷からの度重なるお呼び出しなど、信長様のお忙しさは増しているようだわ。
西国での一揆の動向も予断を許さないみたい。
信長様のお身体も心配だし、結華も…父上ともっと一緒に過ごしたいわよね…)
天下人の一人娘、織田家の嫡女として生まれ、大人に囲まれて成長してきた結華は、歳の割にしっかりしている。
我が儘なども言わず、常日頃から、大人達を困らせることもない子だった。
それ故に、こんな風に寂しそうな様子を見せるのは余程のことなのかもしれない。
(この子なりに、色々と本音を我慢していることもあるんだろうな……)