第73章 恋文
私の手を引き、先を歩く男は上機嫌だった。
色々と話しかけても反応の悪い私の態度を、特に気にする素振りも見せず、目的の場所へと真っ直ぐに向かっているようだ。
(お茶を一杯飲んだら、すぐにお暇しよう…城まで送るって言ってたけど、絶対断らなくちゃ)
「着きましたよ、朱里様」
(……えっ?こんな所にお茶屋さんなんて、あったかしら……?)
大通りから脇道を一本入ったその奥に、その店はあった。
通りから離れた、このような場所に茶屋があることが珍しく、店構えをジロジロと見てみるが、表向きは変わったところはなさそうな普通の茶屋に見える。
「……人目に付くといけませんからね、店の二階に部屋を取ってありますから、そちらでゆっくり致しましょう…」
「えっ?(へ、部屋っ?それってどういう……) 」
戸惑う私の腕を強引に引いて、男はずんずん歩いていき…二階にある一室に辿り着くと、勢いよく襖を開けた。
「っ……何、これ…?」
室内を見て、私は絶句した。
薄暗く落とした照明の中、部屋の真ん中にどんっと敷かれた一組の褥
室内の調度類は、赤を基調とした色使いで、いかがわしい雰囲気が漂っている。
「さぁ、お入り下さい…朱里様?」
「い、嫌っ!何、これ?こんなの茶屋じゃないでしょう?」
「おやおや、ご存知なかったのですか?ここは、出合茶屋ですよ?
男と女がまぐわうための場所です。私は、茶屋で休憩しましょう、とお誘いしたでしょう?」
「なっ……」
出合茶屋なんて……そんなもの、知らなかった。
迂闊だった…もっと警戒すべきだったのに。
逃げなくちゃ…そう思い、後ろを振り向いた次の瞬間、私は褥の上に勢いよく突き飛ばされていた。
「っ…きゃっ!」
パタンと襖が閉まる音が、妙に大きく聞こえて、己の身の危険にゾクリと背に震えが走る。
「大人しくなさって下さいね。美しい貴女を傷つけるような手荒な真似はしたくありませんから……
それに、騒ぎになると困るのは朱里様の方ですよ?
奥方様が男と出合茶屋で密会、などと城下の者達に知られたら…信長様の恥になりかねませんよ?」
「っ…くっ…」
(なんて卑怯なっ…)
悔しくて情けなくて涙が溢れそうになるのを、唇を強く噛み締めて耐えた。
自分の危機感のなさが招いた最悪の展開に、後悔の念が押し寄せる。