第73章 恋文
一度気になると、己の目で確かめずにはいられなくなるものだ。
再び、室内に足を向けると、文箱の置かれた棚の前まで戻る。
溢れんばかりに積み上げられている文の上に用をなしていないまま乗せられている、漆塗りの蓋にそっと手を掛ける。
僅かな後ろめたさと、それを打ち消すほどの好奇心
躊躇ったのは、ほんの一瞬で……次の瞬間には、俺の手は蓋を持ち上げていた。
「っ……」
蓋が重しの役割を成していたのだろうか、持ち上げた瞬間に文の束がバラバラと崩れ落ちて床に散らばった。
『朱里様へ』と書かれた宛名の文字は、みな同じ筆跡のようで、ここにある文は全て同一の者から送られたものと思われる……そう、文字の筆致からして、全て同じ男からの文だ。
男からの大量の文
中身を読まずともその事実だけで、恋文だと分かり、カッと身体が熱くなる。
その中の一通を取り上げて、乱暴に開いて中身を確かめると、やはりと言うか何と言うか……思った以上に熱烈な恋文で、そのことがまた俺の苛立ちを募らせる。
『この世のものとは思えぬほどに美しい』
『一目で好きになった』
『貴女との逢瀬を楽しみにしている』
歯の浮くような愛の言葉の数々に、怒りを通り越して開いた口が塞がらない。
よくもまぁ、人の妻にぬけぬけと……
城に届けられているのだから当然、朱里が俺の妻だと知っているはずだが、ここまで大胆に天下人の女に言い寄る男の顔が、逆に見てみたくなった。
どうやら、この手紙の主は朱里に一方的に想いを抱き、言い寄っているようだ。
朱里はおそらく文の返事を書いていないのだろう…返信がないことを嘆く言葉もつらつらと並べられている。
(文を読んだところ、相手は京の商人のようだが…さて、俺に喧嘩を売ったこと、どのように後悔させてやろうか…)