第73章 恋文
近頃、朱里の様子がおかしい。
結華の帯解きの儀の準備の為に、千代と二人でたびたび城下へ下りるようになり、帰ってくると、どこか心ここに在らず、という感じで何事か考え込んでいるようなのだ。
秀吉から千代に探りを入れさせても、口止めでもされているのか、曖昧な返事を返されるらしく、どうも要領を得なかった。
朱里の侍女とはいえ、城主の俺が命じれば、それに従わぬわけにはいかぬだろうから、強引に問い詰めれば白状するかもしれんが……
朱里が言わぬものを、無理矢理聞き出すのはやはり気が引けるし、あまりに束縛が過ぎるのもどうかと思い、我ながら柄にもなく、強引に理由を探ることに躊躇いを覚えていた。
(互いに隠し事はなしだと…あれほど言っておきながら、全く……)
苦々しく苛々した想いを隠し切れず、朝の軍議でも広間の空気が何となくピリピリしていたのは、俺のせいだろう。
(秀吉が、情けないほどオロオロと俺の機嫌を窺っているのを見るのは、愉快だったがな…)
西国での一揆に対する対応策を練る、という重要な軍議であったが、そんな調子で今朝は早々に切り上げた。
思わぬ空き時間ができたので、朱里と結華の様子でも見に行くか、と奥へと歩を進めたのだった。
「……朱里、入るぞ」
朱里の自室の前で声を掛けて、襖を開ける。
愛しい女の、華が開くような笑顔を思い描きながら開けた、その先の部屋の中はしんっと静まり返っていた。
「朱里?」
(おらんのか…千代も、か…)
今日は城下へ行くとは聞いていなかったが…急に出かけることになったのだろうか。
不在ならば致し方ない、と踵を返しながら見るとはなしに室内を見回した俺は、不自然に膨らんで蓋が閉まらなくなっている文箱を目にして、歩きかけた足を止めた。
蓋が閉まらなくなるほど中身が一杯になった文箱など、あまり目にすることはない。
ましてや、朱里に頻繁に文を交わし合う相手がいるとも思えない。
(あやつが文を交わす相手など、伊勢の母上か、小田原の義母上ぐらいのものか……北条の、あの従兄妹とは、よもや俺の知らぬところで文を交わし合ってることなど…ないとは思うが…)
おかしなものだ、文箱を見ただけで、急に妻の交友関係が気になりだすとは……