第73章 恋文
「奥方様、こちらの反物などいかがでしょう?黒地に蝶の柄で少し大人っぽい色柄ですが、結華姫様の深紅の瞳には黒がよく映えると思いますよ」
「わぁ、綺麗ですね!結華は信長様に似てるから、黒がよく似合うわね、きっと」
「姫様、黒地でしたらこちらの金糸が入った織りのものも素敵ですよ」
京から仕入れた沢山の反物を前に、千代と二人であれやこれやと品定めをする。
歳のわりに大人びた顔立ちの結華には、赤や桃色のような子供らしい明るい色よりも、落ち着いた黒が似合うだろう。
(髪飾りなんかも新しいものを買ってあげよう…あっ、でも信長様にも相談した方がいいかな……いやいや、信長様に言ったらいっぱい買っちゃいそうだしなぁ…)
その時、気分良く反物選びを楽しんでいた私の気持ちを下げるかのように、聞き覚えのある声が掛かった。
「朱里様、いかがですか?私どもの反物は気に入っていただけましたでしょうか?」
(っ…この声は…)
「っ…あなたは……」
奥から現れたのは、あの反物問屋の男性でニヤニヤとした笑みを口元に浮かべている。
あっと思った次の瞬間、男はするりと私のすぐ側に寄ってきて、肩が触れ合うほど近くに座った。
「あ、あの…もう少し離れてくださらない?」
「つれないですな…あんなに文をお送りしたのに。突き返されないところを見ると、読んで下さったのでしょう?」
「なっ……」
周りに聞こえぬよう、耳元で囁かれて、身体がピクッと震える。
いつの間にか千代は、着物に合わせる帯飾りなどの小物の数々を反物屋のご主人と一緒に奥の部屋に取りに行ってしまっていて、部屋には私とこの男の二人だけだった。
(っ…やだっ…何なの、この図々しさ。どうしよう…二人きりになっちゃった……)
「あのっ、せっかくですけど、文をお送り下さっても、お答えできませんから…今後はもう送らないで頂けますか?」
きっぱりと拒絶の言葉を告げて、距離を取ろうと身動ぎした私を嘲笑うかのように、男は何事もなかったかのように更ににじり寄ってくる。
「ああ、貴女は怒った顔もお美しいですね」
「っ…揶揄わないで…」
膝の上に置いていた手にさり気なく手を重ねられる。
ねっとりとした手付きでやわやわと撫でられて、気持ちが悪くてすぐに反応できなかった。
「や、やだ…離してっ…」