第73章 恋文
(千代にはあのように言ったけど、やっぱり信長様に相談するのは気が引けるな…)
お忙しい信長様に余計な心配を掛けたくない。
西国での一揆の兆しが、いよいよ深刻なものになりつつあるらしく、連日遅くまで軍議をなさっているようで、夜もかなり更けてからお戻りになることも多いのだ。
もしかしたら一揆の鎮圧に自らご出陣なさるかもしれない。
この大事の時に、こんな些細なことで心配を掛けるのは心苦しい。
それに……他の殿方から私に恋文が届いている、なんて知られたらお怒りになるかもしれない。
信長様を困らせたくはない。
大ごとにならぬ内に、私が何とか上手くお断りしなくては……
「はぁ…」
もやもやと晴れない気持ちを抱えたまま、文箱から溢れんばかりになっている文の束を恨めしく睨みつつ、深い溜め息を吐いた。
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京から反物が届いたと反物屋から知らせがあったのは、それから暫く経った日のことだった。
その間も、反物問屋の男性からの恋文は頻繁に届いていて、私の頭を悩ませていた。
(はぁ…困ったな…やっぱり会ってきちんとお断りしないと分かってもらえないのかしら…)
こんな風に殿方から恋文を送られるのは初めてだった。
信長様とは出逢ってすぐに安土のお城に連れてこられて、そのまま流れるように恋仲になったから、恋文を貰うようなことはなかったのだ。
(戦場から文を貰うことはあったけど、それはまた違うような……考えてみれば、恋文らしい恋文って貰ったことないな)
そう改めて思うと、何だか少し寂しい。
信長様は、いつだって溢れんばかりの愛の言葉をくださる。
心の底から愛されていると感じている。
けれど……恋文が欲しい、形に残るものが欲しい。
そう思ってしまう私は、欲張りなのだろうか……