第72章 淡雪の恋
「新九郎、なかなかに立派な挨拶だ。今年は元服と聞いている。
父上を助け、良き武将となれ」
「はっ!ありがとうございますっ!」
「秀吉、これを新九郎にやれ」
信長は持っていた鉄扇で、傍らに置いてあった三宝の上の金平糖を指し示し、新九郎に与えるように秀吉に命じた。
「はっ!よかったな、新九郎、信長様からの頂きものだ」
秀吉は金平糖をひと掴みすると、懐紙に包んで新九郎に渡してやるが……
「秀吉っ、ケチケチするな、全部やれ」
「ええっ!よろしいんですか??」
(秀吉さん、びっくりしてる…そりゃそうだよね、大事な金平糖を全部あげるなんて、信長様ったら、新九郎くんのこと、余程気に入ったのかな…)
当の新九郎くんは、三宝ごと渡された金平糖を前にして、目を白黒させている。
大人びたように見えても、まだ子供……珍しい異国の菓子は、その心を捕らえるには十分だったらしい。
「あっ、ありがとうございますっ!」
ぱぁっと顔を輝かせて笑うと、白い歯がなんと眩しいこと。
(か、可愛いっ…男の子って、こんなに可愛いものなの??)
先程の大人びた振る舞いと、金平糖を前にした子供らしい姿との差に目を奪われる。
(………ん?)
ふと隣からの視線を感じて横を見ると、眉間に皺を寄せた悩ましげな表情の信長様と目が合ってしまった。
(っ…あれ?信長様、何でそんな嫌そうな顔して…って、あれ?結華……?)
信長様との間にちょこんとお行儀良く座っていた結華はといえば…微かに頬を赤らめてぽーっとしている。
「ゆ、結華?どうしたの、具合悪いの??」
いつもと違う様子の結華に慌ててしまった私が小声で話しかけてみても、思ったような反応が返ってこない。
赤くなった頬を押さえてチラチラと視線を送る先には………
(結華ったら何を見て……って、新九郎くん?? やっ、これって…もしかして…)
初々しい結華の反応に頬が緩みかけた…次の瞬間、信長様の苛々した顔を見てしまった私は、一気に現実に引き戻された。
(うぅっ…信長様が怖すぎるっ…)