第72章 淡雪の恋
翌日、私は結華を連れて大広間で行われる謁見に臨んでいた。
「おっ、結華、今日も可愛いなぁ。その着物、新しいやつか?よく似合ってるな」
「政宗っ、結華様は何を着てもお可愛らしいぞっ!ああっ、緊張されてるのではないか?いつもの笑顔が見えんっ…」
「秀吉さん、少しは落ち着いて下さいよ…結華が初めて大名との謁見の席に出るからって、朝から慌て過ぎですよ、まったく…」
「秀吉は、結華様の第二の母だからな…おっと、そうすると秀吉は御館様の第二の妻か…くっ…」
「光秀…貴様、気持ちの悪いことを言うな」
「お、御館様っ…」
情けない顔で眉根を下げる秀吉さんは、心底心配そうに結華の様子を気にかけてくれているようだ。
武将達がわいわいと言い合う様子を見て、緊張が緩んだのか、結華の口元にも微かに笑みが浮かんでいる。
「結華、父上様の仰るとおりに、ね」
「はいっ、母上っ!」
信長様の後に続いて広間の中に入ると、既に入室していた大名とその隣に座っている男の子が、さっと平伏するのが見えた。
「遠路はるばる大義である、面を上げよ」
上座についた信長様が、低く威厳のある声で鷹揚に声を掛けると、二人はゆっくりと顔を上げた。
「此度は、拝顔の栄を賜り、誠に有り難き幸せにございます。
信長様の天下布武をお支えするため、微力ながら織田軍の力となるべく励みまする」
「ああ…貴様の働き、期待しておる。存分に励め」
「ははっ…此度は息子もご挨拶を、と同行させました。我が嫡男、新九郎でございます」
「お初にお目にかかります。彌木新九郎と申します。織田様への拝謁が叶い、誠に嬉しゅう存じまする」
真っ直ぐに前を向いて、臆する事なく挨拶の言葉を述べる少年の姿に、広間にいた人々は皆、ほぅっと息を呑む。
天下人たる信長様を前にして堂々たる挨拶をする姿は、齢は十歳と聞いていたが、年齢以上に大人びて見える。
(わぁ…しっかりした子だなぁ。爽やかで男らしい感じだし…)
男の子を育てたことがない私でさえも、目の前の少年は立派な若君という感じで好ましく、見ているだけで何となくドキドキしてしまっていた。
信長様もまた同様に、ひと目で好ましく思われたようで、その深紅の瞳を柔らかく細めて声を掛けられた。