第72章 淡雪の恋
「こんな時に悪いのだが…明日、新しく傘下に入った大名が挨拶に登城することになっている。
今年元服を予定している嫡男も連れて来るそうだ。
大人ばかりの席では居心地が悪かろう。
謁見には、貴様も結華を連れて同席しろ」
「あっ、はい…今年元服って、その子はいくつなんですか?」
「んー、秀吉の話では確か、十歳だと言っていたな」
「じゃあ、結華と四つ違いですねっ!仲良くなれるといいんですけど…」
(結華は同年代の友達を欲しがっているから、男の子だけど友達になってくれるといいな……って、信長様っ、怖っ!)
隣で明らかに不機嫌なオーラを放ち出し、顔を顰める信長様を見てしまい、慌てて口を噤む。
「……挨拶だけだ。それ以上の接触は許さん」
「ええっ…でも…」
(子供同士で遊べる、こんな機会は滅多にないのに……信長様ったら、心配し過ぎでしょ…)
「朱里…」
低く抑えた声で呼ばれて、無言の圧力をひしひしと感じる。
「……分かりました」
結華のことになると、信長様は人が変わったように甘くなる。
ただ、甘い中でも、叱らねばならない時は厳しく接して、子供ながら物事の道理は弁えさせておられるから、皆が甘やかしても、結華は決して我が儘には育っていない。
そういう、人を育てる力もまた信長様にはあるのだろう。
私だけではきっと上手くできないところも、信長様がさり気なく補ってくれている。
そうやって二人で結華を育ててきたのだという実感が感じられて、私は幸せだった。
(過保護をもう少し抑えて下さるといいんだけど……)
心の中で小さく溜め息を吐きながら、その夜は、愛しい人の腕の中で穏やかな眠りに落ちたのだった。