第71章 商人の町
「信長様、ありがとうございます。ふふ…私、信長様には驚かされてばかりですね」
「貴様のそんな呆けた顔を見られるのは、俺だけだからな」
背中から抱き締められて、信長様の熱い吐息が頭上から降ってくる。
冷たく澄んだ外の空気に、白い息がふわっと広がって消えていった。
波に揺られて船上の灯りも静かに揺らめいている。
暗闇に浮かぶ柔らかな光はひどく幻想的で、飽きることなく眺めていられた。
揺らめく光をただ眺めているだけなのに、信長様と二人で見ていると、それだけで幸せだった。
「……綺麗ですね」
「ん…」
この趣向のために、今宵は町の灯りも早めに落としてもらったのだという。
この場には私たち二人きりのようだが、堺の町の者たちにも、この灯りの演出を愉しんでもらえるように場所を用意させてある、と信長様は仰った。
(私の為にと信長様が考えて下さったことが嬉しい…でも、町の人たちまでもが愉しめるようにと考えて下さったことは……もっと嬉しい)
「……朱里、こちらを向け」
「んっ…あっ、んんっ…ふっ…」
指先で顎を掬われて顔だけ後ろへ向けさせられると、そっと唇が重なる。
外に長くいるせいで、信長様の唇はいつもと違って、冷んやりと冷たかったが、その冷たさが逆に私の頭を痺れさせるのだった。
ーちゅっ ちゅぷっ ちゅるるっ じゅぷっ
「ふぁ…んっ…んっ、ふぅ…」
半ば強引に唇を割って侵入した舌が、歯列をなぞり、口内をくるくると舐め回していく。
唇の冷たさとは反対に、信長様の舌は熱く湿っていて、動き回るたびにクチュクチュと淫靡な音を立てる。
喉奥まで容易に届く長い舌で、上顎を擦られると擽ったくて、思わず鼻から抜けるような甘い吐息が漏れてしまう。
(身体が熱い…。外なのに、こんなに濃厚な口づけ…ダメなのに抗えない…)
くったりと力の抜け始めた私を抱き締めた信長様は、唇を離し、耳元で妖しく囁いた。
「そろそろ戻るか?夜はまだ長い。今宵は朝まで寝かせん…覚悟致せ」