第71章 商人の町
通りを抜け、その先にある港に着いたようだが、昼間に見るのとは違って辺り一面暗く、船の形も判別できないぐらいだった。
(…着いた、って…ここに何が…?)
夜の港に来た理由が分からず、戸惑っていると、路地の奥から何かがゆらりと動いて……
「御館様……」
(この声っ…光秀さんだ…)
「光秀、始めよ…」
「はっ…」
ーパンッ!
静寂の広がる暗闇の中で、光秀さんだろうか…手をパンッと勢いよく叩く乾いた音が響いた。
「えっ…あっ…あっ、あぁ!わぁ〜」
光秀さんの手を叩く合図を皮切りに、 ポツッ ポツッ と柔らかな灯りが一つ、また一つと暗闇の中に浮かび上がっていく。
灯りに照らされた船も、徐々にその姿が見えてくる。
港に停泊している全ての船にいくつもの灯りが点されていき、無数の柔らかな灯りが、ゆらゆらと揺れている。
(これ、提灯だろうか…船にこんなにたくさん…綺麗っ…)
「っ…信長様、これは…」
「朱里……誕生日おめでとう」
ふわりと抱き締められて囁かれた言葉に、声を失った。
(えっ…誕生日って……どうして…)
「……なんだ、自分の誕生日を忘れておったのか?睦月の十二日…今日は貴様の生まれ日だろう?」
少し呆れたように顔を覗き込みながら、くくっと笑う信長様の袖を慌てて掴む。
「えっ、あっ、忘れてはいなかったです…けど…信長様こそ、覚えていて下さったのですか??」
「当たり前だ。貴様の誕生日を、俺が祝わぬ年があったか?」
「ない…です。っ…でもっ…今日は朝から一言もそんなこと仰らなかったじゃないですかっ…」
(毎年、誕生日の朝は起きたら一番に『おめでとう』と言ってくれて、甘やかされるのだけど…今朝は何も仰らなかったから、てっきり忘れておられるのだと思っていた。
堺への滞在中、信長様は常に忙しそうだったし、旅先ということもあって、私も誕生日のことなど気にしていなかったし……)
「……貴様を驚かせようと思い、秘密にしていた」
「っ……」
「驚いたか?」
どうだ、と言わんばかりに得意げな顔をして、悪戯が成功して喜ぶ子供のように破顔する信長様に、キュウッと胸が締めつけられるような心地にさせられる。
(もぅ…なんて人だろう…格好良くて可愛くて…大好きっ。何度でも惹かれる、何度でも好きになる……)