第71章 商人の町
このまま寝所へ連れ込んでしまいたい衝動に囚われかけるが、ぐっと堪える。
今宵は、朱里を驚かせて、その喜ぶ顔を見たい。
花が綻ぶようなその笑みを、想像するだけで心が浮き立つ。
夕餉が済むと、朱里を連れて商館を出る。
辺りはもう暗く、陽が落ちると寒さも厳しくなるが、酒が入って程よく酔った身体は寒さもさほど感じない。
それでも女の身には寒かろうと、用意していた外套をかけてやる。
「わぁ…これ、すごく素敵ですねっ!綺麗な紅色で…こんなすべすべした手触りの生地、私、初めて見ました…」
朱里は、羽織った外套の生地を撫でながら、うっとりと魅入っている。
「南蛮商人からの献上品だ。貴様には少し大きいかもしれんが…天女様に風邪など引かれては大変だからな」
「ん、もぅ…でも、ありがとうございます。嬉しいっ」
暗く静かな道を、手を繋いで提灯の灯り一つで歩いていく。
「信長様、今宵は随分と通りも暗いのですね…家々の灯りも消えて…まだそれほど遅い時間でもないのに…」
暗がりが心細いのか、朱里はそっと身体を寄せてくる。
朱里の言うとおり、今宵は町の灯りも消え、辺りは闇に包まれたように暗い。
「あのっ、信長様…どちらへ行かれるのですか?」
深い闇の中、行き先が分からず不安なのだろうか…繋ぐ手に、僅かに力がこもる。
「ふっ…じきに分かる」
通りを真っ直ぐに歩いていくと、その先には港がある。
港には無数の船が停泊しているはずであるが、暗闇の中ではその姿を確認することも難しい。
「着いたぞ、朱里」
「…えっ…」