第71章 商人の町
「おや、これは…お邪魔でしたかな?」
室内へと入ってきた光秀さんは、私にチラリと意味深な流し目を寄越してくる。
(うっ…光秀さんには全部お見通しって感じ…?)
「…光秀、首尾は?」
「はっ、万事整いましてございます、御館様」
「ん、大義であった。……明日の朝は急がぬ、ゆるりと出立致すゆえ、皆にもそう伝えておけ」
「はっ…では、今宵はごゆっくりお休み下さい…朱里、お前もな…くくっ…」
「は、はい…?」
(ん?光秀さんったら、また含みのある言い方するんだから…でも…万事整ったって何のことだろう?光秀さんは、信長様の指示で朝から出かけてた、ってこと?)
謎が多過ぎるその行動に戸惑っているうちに、当の光秀本人は音もなく退出してしまっていた。
相変わらず読めない人だ。
「朱里、夕餉が済んだら少し出かけるぞ」
「えっ?出かけるって…こんな時間からどちらへ?」
「ふっ…秘密、だ。今はまだ…な」
ニヤッと悪戯っぽく唇の端を上げて、信長様は愉しげな笑みを浮かべている。
秘密、と言われて気になったけれど、こういう時は聞いても教えてくれる人ではない。
その日の夕餉は、何故だかいつも以上に豪勢なものだった。
信長様と二人で南蛮の珍陀酒を飲みながら夕餉を頂いていると、旅先の開放感も相まって、次第にほろ酔い気分になってくる。
「朱里、あまり飲み過ぎるなよ。この後出かける、と言ったであろう?」
「はい…うふふっ…だって、お料理もお酒も美味しくて、つい…」
ほんのりと赤くなった頬を押さえて、ふふふっと少女のように陽気に笑う姿に、信長の胸は思わずドキリと騒ぐ。
少し酔っているのか、目元も赤みを帯びてとろんっと蕩けたように緩んでいる。
艶やかな唇はしっとりと潤っていて、無意識にか、誘っているかのように薄く開いている。
(っ…これは…酒を飲ませたのはまずかったか……)
今宵は特別な趣向を用意しているのだ。
朱里に、これ以上酔われるわけにはいかない。
「……もう終いにせよ」
「っ…あっ…んっ…もっと飲みたかったのにぃ…」
朱里の手から酒杯を取り上げると、ツンっと唇を尖らせて甘い抗議の声を上げる。
(くっ…酔った姿がこんなに愛らしいとはな…このような朱里は、普段はなかなか見れん)