第71章 商人の町
無事に茶会を終えた私達は商館へと戻ってきた。
堺への滞在は今日が最後であり、明日は帰城する予定になっている。
「はぁぁ〜」
茶会での緊張もあって、部屋へ入る早々、大きな吐息が口から漏れてしまった。
「くくっ…そんなに緊張して…茶の味など分からなかったのではないのか?」
扉を閉めた途端、後ろから抱き竦められて耳元へ唇を寄せられた。
「んっ…あっ…そんなことは…宗久殿の点てられたお茶、とっても美味しかった、ですよ…んんっ!やっ…んっ…」
唇で耳朶を甘く食んでいた信長様は、いきなりカプリと歯を立てる。
ジンっとした痛みが、噛まれた耳朶から頭の奥へと駆け上がる。
「……妬けるな」
「あっ、んっ…な、何を言って…」
「貴様が他の男の名前を呼び、褒めるのは…気に食わん」
「っ…あ、んっ…そんなっ…お茶の味を褒めただけですよ…あっ、やぁ、んっ…だめっ…」
熱い唇は耳から首筋へと這い下りていき、広げられた襟元から覗く鎖骨の上でチュウっと強く吸いついた。
口づけと同時に、背後から腰に回された腕に力が篭り、強く抱き締められる。
それだけで身体の中心が熱くなり、腰の辺りがゾワゾワして落ち着かない。
立っているのが辛くなり、いつの間にか信長様の胸に凭れかかるように身を委ねていた。
そんな私を、力強く抱き止めながら、信長様は余裕の表情で覗き込んでくる。
「……どうした?」
「っ……(分かってるくせに…) 」
更なる快感を求めて、潤む瞳で信長様を見上げていると、
ーコンコンッ…
入り口の扉を叩く音に、ビクリと身体が震える。
信長様に凭れていた身体を、僅かに浮かし、乱れた着物を慌てて整えた。
「……御館様…」
「…………光秀か?」
(光秀さん!?何かあったのかな……)
光秀さんは今日の茶会へは顔を出さず、朝から姿が見えなかった。
信長様は、『光秀がふらっと居なくなるのはいつものことだ、放っておけ』と言って、全く気にしていない様子だったけれど。
光秀さんの単独行動は今に始まったことではないし、信長様がそれを咎められることもない。
二人の間には、他人がはかり知れぬ信頼関係があるのだろう。