第71章 商人の町
(う〜、緊張するな…しっかりしないと…)
すぅ〜はぁ〜っと聞こえるぐらい大きな深呼吸をする私を、信長様はチラリと横目で見て、くくっと小さく笑いを零した。
「な、何ですかっ?」
「いや…分かりやすい奴だと思っただけだ。そんなに緊張せずとも、取って食われたりはせん」
「だ、だって…」
ここは堺の某所
納屋衆筆頭である今井宗久の別邸で、信長様と私は、これから始まる茶会へと出席するために、茶室へと向かって歩いていた。
さすがは名高い豪商、別邸とはいえ、大きな広いお屋敷で、屋敷内も贅を尽くした豪華な作りである。
茶会には堺の名だたる豪商たちが集うと聞いており、私は商館を出る前からひどく緊張していたのだ。
(海千山千の商人たちと茶会……不安しかない)
一応、茶の湯の心得はあるにはある。
がしかし、正式な茶会への出席など、数えるほどしか経験がなかった。
「そのように堅苦しく考えずともよい。作法など気にせず、ただ、茶を楽しめばよいのだ」
緊張で身体を強張らせる私の手を、信長様は自然な感じで取ると、安心させるようにきゅっと握ってくれる。
「信長様……」
繋いだ手からは信長様の暖かな体温が伝わってきて、それが私を落ち着かせてくれた。
「信長様、奥方様、ようこそお越し下さいました。これは…お噂どおりお美しい御方ですなぁ」
茶室の前に立っていた身なりの上品な男性が、商人らしい人好きのする笑顔で出迎えてくれる。
どうやらこのお人が今井宗久、その人らしい。
「ふっ…お望みどおり『天女』を連れてきてやったぞ、宗久」
「いやいや、羨ましい限りですな…このような美女と四六時中ご一緒とは…」
(っ…褒め過ぎだよ…恥ずかしくて聞いてられないっ…)
恥ずかしさで何と言っていいか分からず、戸惑いながら信長様の羽織の陰に隠れるように立っていると、いきなりグイッと肩を抱かれて引き寄せられる。
「っ、やっ…信長様っ…?(人前なのに…) 」
「宗久、あまり褒めるでない。天女が恥ずかしがって天に帰ってしまっては、俺が困る」
「はは、これはこれはお熱いことで…」
人前でも気にせず私に触れる信長様を見て、宗久殿は目を見張り驚いた表情を見せている。