第71章 商人の町
翌日、信長と光秀は朝から商館の一室で、南蛮商人との商談中であった。
この時期、南蛮貿易で日ノ本が主に買い入れていた品物は、生糸や絹織物、金、陶磁器、生薬、硝石など。
中には、金平糖やカボチャ、スイカ、など、この時代には珍しかったものもあった。
その逆に日ノ本から異国へと売られる品物は、刀や漆器、海産物、硫黄、銀などであった。
中でも銀は、信長が支配権を持つ但馬の生野銀山などから良質の銀が産出されており、南蛮貿易での支払いはこの銀を用いて行われていた。
普段の取引は、信頼のおける貿易商に一任してあるが、今回のような大きな取引では、信長自身が直接、交渉にあたることもあった。
大坂城へ移ってからは、堺への行き来がし易くなったこともあり、元々が新しいもの好きの信長は、頻繁に堺を訪れては異国の者との交流を深めていたのだった。
「………では、これで取引は成立ですね」
南蛮人の男は満足げな笑みを浮かべて、互いに交わしたばかりの誓書を改めて確認している。
「ああ、早急に手配しろ」
「信長様、いつもありがとうございます」
「礼など不要だ。貴様との取引は、日ノ本にとって益になる。また珍しきものがあれば持ってくるがいい」
「はっ!……時に、本日は、信長様のために特別に、色々と珍しい品物を持参しております。
御贔屓頂いている日頃の御礼でございます。どうぞ、お納め下さい」
男はそう言うと、従者に指示をして机の上に様々な品物をいくつも並べ始めた。
信長も光秀も、見たことのない品々に思わず目を見張る。
「ほぅ、これはまた珍しきものを…」
金細工や絵画、陶磁器などの美術工芸品
金平糖や異国の酒
ビロードの外套、女物の西洋風の衣装や装飾品、などもある。
(あれは確か『どれす』といったか…以前、朱里に着せたことがあったな…なかなかに艶っぽかった)
「信長様には奥方様がいらっしゃるとお聞きしましたので、女性の装飾品などもお持ちしました。奥方様が、お気に召すものがあればよいのですが……」
商人の男はニコニコと微笑んでいる。
やけに気前よく多くの献上品を用意しているようだが、この大きな商談の成立には、余程気を良くしているらしい。
「大義である。なかなかに興味深いものばかりだな。相変わらず、異国の技術の高さには目を見張るものがある」