第71章 商人の町
慌てて手を引こうと力を入れたその瞬間、男の手は横合いから乱暴に払われた。
「No toques a mi esposa(俺の妻に触れるでない)」
「信長様っ!」
その場が凍りつきそうなほどの冷ややかな声と表情は、男を威圧するのには充分過ぎたらしく、男は何事か言いながら、その場から転がるようにして去って行った。
(よ、よかった…)
ほっと息を吐いた私は、信長様の方へ向き直り、ぎょっとする。
(お、怒ってる…?)
「あ、あの、信長様…?」
「朱里、貴様、俺以外の男にあのような笑顔を見せるとは…どういうつもりだ?」
「えっ?だ、だって、言葉が分からないから、何て言われてるか理解出来なくて…」
「阿呆っ、だからといって笑って誤魔化す奴があるかっ」
「うぅー、そんなに怒らなくても……じゃあ、あの人、何て言ってたんですか?教えて下さいっ!」
「………………」
「………信長様?」
(急に黙っちゃって…どうしたんだろう?)
不安に駆られる私の前で、信長様はいきなり私の手を取ってその場に跪いた。
「Eres guapa Sé mi amor. Te amo 」
「えっ…?」
そのまま、手の甲にチュッと口づける。
「…っ…!!」
「美しい人、私の恋人になって下さい。愛しています」
「っ……」
熱のこもった深紅の瞳で見上げられながら、いつもの信長様と違う口調で愛の言葉を囁かれて、身体がかぁっと熱くなる。
「あ、あのっ…信長さま?」
「……あの男は、このように言ったのだぞ?それを、貴様…満面の笑みで微笑みおって」
苦虫を噛み潰したように顔を顰める信長様は、ひどく不機嫌だった。
「そ、そんな意味だなんて…知らなかったのだから、仕方ないじゃないですか…」
「何となく雰囲気で分かるだろうが…迫られておったのだぞ?」
(そんなこと言われても…いきなり来られて動揺してたし…)
「貴様は無防備過ぎるのだ。もっと気を付けよ」
「ううっ…(そんなに怒らなくても…)」
信長様が私を心配してくださっているのは分かる。
嫉妬、してくださったことも…嬉しい、けど…私だって悪気があったわけじゃないのに……