第71章 商人の町
船内を見学させてもらった後、再び船の上から海を眺めていると、この船の船長と思しき、日に焼けた逞しい男性が話しかけてきた。
信長様は何事か会話を交わした後、私に向かってこう言った。
「朱里、船長と取引の話があるゆえ、少し外すが…いいか?」
「あ、はい、どうぞお仕事なさって下さい。私はここで海を見ていますから」
船室の方へと歩いていく信長様たちを見送って、また海の向こうへと視線を戻す。
港から見る海なので、さすがに大海原というわけにはいかないが、それでも潮の香りと少し湿気を含んだような風は懐かしく、いつまででも見ていて飽きない。
しばらくそうして一人で海を眺めていたが、何となく視線を感じて周りを見ると、数人の水夫たちにチラチラと見られていたようで、その内の一人と偶然目が合ってしまった。
(わっ、目が合っちゃった…どうしよう…)
焦って、思わず微笑んだ私を見て、その人もまた、ニッコリと太陽のような笑みを浮かべて、こちらへ近づいてきた。
「Eres guapa! Sé mi amor. Te amo!」
(えっ、ええっ…何、なに、何て言ってるの?? ど、どうしよう…信長様と一緒にいたから、私もイスパニア語が話せると思われてるのかも……)
取り敢えず笑って誤魔化そうと、ニッコリと微笑んでみたけれど…
「 Te amo!」
「あ、あの…私、言葉が分からないので……って、やだっ、な、何をっ…」
その人は私の手を取り、熱っぽく語りかけてくる。
ぐいぐいと押されて、いつの間にか身体が触れ合いそうな距離まで迫られてしまっていた。
(何これ、どういう状況??だ、誰か、分かる人、助けて…)
知らない言葉で話しかけられて完全に動揺してしまった私は、周りを見回す余裕もなく……いつの間にか、その人は私の前に跪いていて、私の手の甲に口づけを……
「っ…やっ、いやっ…離してっ…」