第71章 商人の町
通りを抜けると、いきなり目の前に無数の船が停泊する様が現れて思わず息を飲む。
見上げるばかりに大きな異国船は、今まさに到着したばかりなのであろうか、降ろされた縄梯子を行き来する水夫たちの姿が見える。
「わぁ!大きな船ですねっ!あれは、南蛮の船ですか?」
「ああ、イスパニアのガレオン船だな。あの船は……顔見知りの者がおる船だ。近くへ行ってみるか?」
「わっ、いいんですか?嬉しいっ」
信長様の後について船の近くまで歩いていく。
近くで見ると更に大きく感じるが、異国船特有の開放感のある佇まいは、見る者に威圧感を感じさせない。
信長様は、桟橋にいた水夫の一人に声を掛ける。
「¿Dónde está el capitán?」
(……って…えっ、ええっっ…そ、それ、な、何語?)
信長様が聞いたこともない言葉を話している……
話しかけられた異国の水夫もまた、同じような言葉を話していて、全く違和感なく会話が成立しているようだ。
二言三言会話を交わすと、水夫は縄梯子を上がっていき、しばらく後に戻ってきて、船を見上げながら信長様に何やら伝えている。
「朱里、船上に上がるぞ。この船の船長とは顔見知りだ。船内を見せてくれると言っている」
「は、はいっ…あ、あの、信長様?今、何の言葉を…??」
「ん?ああ、イスパニア語だ。商談に必要な簡単な会話ぐらいならできる」
「ええっ…(そ、そんなあっさり…)」
事もなげに言い放つ信長様に、驚きを隠せない。
(何でもできる人だと思っていたけど、異国の言葉まで身に付けちゃってるなんて……)
信長様の想像を超える多才っぷりに動揺しながらも船上に上がると、そこからは遠くに広がる海も見え、潮風がふわりと鼻孔を擽った。
「うわぁ〜!」
開放的な海の雰囲気に感嘆の声を上げた私を見て、信長様は満足そうに口の端を上げて微笑んでいる。
「ふっ…子供のようにはしゃぎおって…」
「っ…だって…」
恥ずかしいけど、海を見てしまうと高揚する気持ちを抑えられないのだから仕方がない。
甲板の上では、忙しく働く水夫たちの威勢の良い掛け声が飛び交っている。
着物姿の私達が珍しいのか、チラチラと視線を送られているのが分かり、何だか落ち着かなかった。