第71章 商人の町
商館を出て港の方へ向かうため、信長様と二人で堺の町を歩いていく。
光秀さんは明日の商談の準備のために、貿易商たちと事前の打ち合わせだそうだ。
立派な商家や大きな蔵が立ち並ぶ町の風景は、城下町ともまた違う。
商家の奉公人や、日に焼けた船乗りと思しき男達が、町の中を行き交い、大声で言葉を交わしている風景は、活気に溢れている。
人々は皆、忙しそうではあるが、その顔には生きる力が漲っているようにキラキラと輝いていた。
どこからともなく潮の香りが漂ってくるのもまた、港町の風情が感じられて良く、私は一目でこの町の魅力に惹きつけられたのだった。
「わぁ、すごく賑やかな町ですねっ!人も多くて…」
「堺は諸外国との貿易の窓口であり、物流の拠点でもある。この地にはあらゆるものが集まり、ここから日ノ本全土へと運ばれていくのだ。
元々、この地には優秀な職人も多かった。特に鉄砲の製造技術は高く、早い時期から、良質な鉄砲を大量に生産し、諸大名に売り捌いて利益を得ておった。
堺の商人たちは皆、したたかよ。己の力で町を守り、武士や公家相手でも一歩も引かん。
今は織田の支配下にあるとはいえ、商人たちとの付き合いは、常に対等なものだ」
忙しなく行き交う人々の間を抜け、ゆっくりと歩を進めながら、信長様の話に耳を傾ける。
「堺で茶の湯が盛んなのも、また理にかなっている。
武士も帯刀が禁じられた狭い茶室で、地位も身分も様々な人間が集い、毒見も難しい濃茶を回し飲みする。
互いに対等で信頼し合っていなければ、出来ない芸当だ」
さも可笑しそうに話す信長様の様子から、商人たちとの対等な付き合いを楽しんでおられるのが分かる。
信長様にとって堺の地は、天下を治めるための重要な拠点であるとともに、尽きぬ興味の対象でもあるのだろう。