第71章 商人の町
数日後、私達は堺へと向かう馬上にあった。
信長様の馬は、愛馬『鬼葦毛』
堂々たる体躯の鬼葦毛に跨り、すっと背を伸ばす信長様は惚れ惚れするほど男らしかった。
私も今回は一人で馬に乗っているので、こうして信長様の素敵な乗馬姿を傍で見られて眼福だったのだけれど、本当に久しぶりに乗る馬には、些か緊張していた。
「……朱里、大丈夫か?身体が、岩の如き固さだぞ」
少し後ろに控えていた光秀さんが、揶揄い混じりに声をかけてくるが…今の私に、笑って流す余裕はない。
「っ…う、うん、大丈夫…」
大丈夫と言いながらも、顔が引き攣ってるのが自分でも分かった。
「朱里、肩の力を抜け。緊張は馬にも伝わる。乗る者が不安定であれば、馬もまた落ち着かぬ。
貴様の馬は気性も穏やかゆえ、振り落としたりはせぬだろうが、そんなにガチガチだと、堺に着く前に馬も貴様も疲れてしまうぞ。
それとも…やはり俺の腕の中の方が落ち着くか?」
余裕たっぷりの笑みを浮かべて、スッと手を伸ばした信長様は、指先で私の頬をひと撫でしていく。
「や、やだっ…もぅ、危ないですよ…」
「案ずるな、俺は両手を離しておっても平気だ。こやつとなら、馬上で駆けながらでも鉄砲が撃てるわ」
「ええっ…それ、ほんとですか??」
首筋をトントンと優しく撫でてやりながら、愛おしげに見遣る信長様と、それに応えるように僅かに頭を寄せる鬼葦毛は、本当に息がピッタリ合っている感じだ。
(信長様は本当に馬がお好きなんだわ…特に、鬼葦毛とは深い信頼関係があるみたい…)
信長様と鬼葦毛の微笑ましい様子を見ていて、少し身体の強張りが取れたような気がする。
大坂城から堺までは、それほど遠くはない。
久しぶりの外出
馬上から見る景色、屋外の爽やかな空気を楽しもう。
そう思うと、徐々に肩の力が抜けていき、馬の歩みも軽くなっていくのだった。